ファーストアタック
現実であれば、持つどころか目にする事すら希な大きさのその武器は、〈クラスティ〉としてであれば馴染んだ獲物だからなのか。何故か握る手にはひどくしっくりくるように感じられた。
「……」
撫でた刃先は当然の事に自分の指先を切り裂くが、痛みらしき感覚はほとんど感じられない。
皮膚が開き、血管が割れている実感はあるが、それだけだ。
眉間の辺りに意識を集中すると、PC上では見慣れたステータスが開く。その数値も装備アイテムも、やはり記憶通りの物。HPバーは微動だにしていない。
それを確認する間に、指の傷はもう塞がっている。小さく滲む血の赤だけがその名残だった。
それを眺めて、ふむ、と考え込む、素振りをする。
これもやはり現実ならあり得ない程大きく重く、そのくせ肉体の形ににぴたりと沿う鎧から腕装備を外し、その刃先を肌に当ててみる。
「好奇心だけで自分の身を傷つけるのは、おばかさんのする事ですよ」
「ちょっとした実験をね?」
ノックに答えるよりも早く現れた副官からは冷たい視線がひとつ。彼女はつかつかとクラスティの側まで歩み寄ると、おもむろに自分の袖を捲った。
「実験でしたら私の腕もどうぞ」
なんでしたら回復職と魔法職のメンバーにも声をかけますが。細い腕を差し出したままそう続けるのに、頭を下げた。
「すみません」
「おばかさんなんですか」
「ちょっと、好奇心に負けました」
下げた頭を笑顔で戻すと、彼女は自分の袖を戻して深くため息をついた。
「痛みはあるんですか」
「いいえ。これが痛みであるという感覚はありますが、ね」
親指の赤を見咎めて問われた事に素直に答える。彼女は舌打ちでもしそうな声を漏らした。
「……やっかいな仕様ですね」
「やっかいですか」
「痛覚はあらゆる意味でサインですから」
「仕様ですか」
「ユーザーにはどうしようもありませんから」
淡々と、ゲームであった時と何も変わらないような態度でのやり取りだったが、口元の僅かな歪みは、彼女であっても押さえきれない不安に対するストレスの証拠だった。
「すみません」
手にしていた〈鮮血の魔神斧〉を横に置き、再び口にした謝罪は、やはり溜息一つで受け入れられた。
「幹部数名から、提案を受けています」
視線の動きで先を促すと、彼女は平板な声で続けた。
「明朝の戦闘訓練の前に、攻撃を受ける感覚を掴んでおきたいので、希望者数名でフィールドに出る許可を、との事です」
刃を炎をその身に受ける許可を求めるのは、責任感からであり、未知への恐怖からであり、出来る事を探した結果なのだろう。
「好奇心でなく、ですか」
「好奇心でなく、です」
「では私も同行しましょう」
「ミロード」
「これは好奇心ではありませんよ?」
そうであれば、ギルドマスターにそれを止める理由はない。
「……わかりました」
彼らが受ける最初の一撃を見届ける役目を己に架して、クラスティは立ち上がった。