沖縄県産完熟マンゴー&フィリピン産バナナ乗せジャンボストロベリーパフェ、ミニワッフル付き
これは一種の兵器だ。私は自分が作り上げてしまったものを見てそう思った。
大きな器に盛られたそれは視覚を通してもの凄い誘惑をしてくる。こんなものが世の中にあっていいわけがない。
並々盛られた生クリーム。その下にはバニラアイスと砕かれたクッキー。その上にはチョコレートソースがかけられている。
色とりどりの果物たち。さくらんぼはもちろん、大好物のストロベリーにキウイ、ぶどうが乗っている。さらには沖縄でしか取れない最高級マンゴーに、一本数百円という単位のフィリピン産バナナをこれでもかと乗せている。ミニワッフルがアクセントとして乗っているのもポイントだ。楽しくなってポッキーも刺してしまう。
まさにスイーツのテーマパーク。見ているだけでドキドキとわくわくを与えてくれる。食べれば絶叫ものだろう。食後は感動間違いなし。この世のエンタテイメントがすべて詰め込まれている。なるほど、これがエデンかエリュシオンか。
「うう、でもなあ……」
これを食べる事は、私にはできない。それはアレルギーだとか、これを誰かにあげるというような事情があるわけではない。
昔々、と言っても私が小さい頃のことだが、日本にはある法律ができたのだ。
その名も「体調管理法」という。
国民のすべてに自身の体調管理を行うことを義務とした法律だ。体調とはウイルスなどの感染から軽度の風邪、さらには肥満や痩せ過ぎといったものまで管理しなければならないのだ。筋肉量や骨格率、体温に体脂肪率まで様々な数値を逐一管理するのは限りなくめんどくさい。
といっても、その測定は簡単にできるようになっている。私の腕にもついている腕時計型体調管理機器がパソコンに記録を残し続けているからだ。もちろん、そのデータは警察と消防にも送られる。
どうして警察にも送られるかというと、実はこの体調管理法、違反すると逮捕されるのだ。
理由はその体調管理を怠ったために与える世の中の影響である。風邪は周囲へと感染するし、太ればそれだけ不快になる者も出る。痩せ過ぎも世間的に不快感を与えるのだそう。意味がわからない。
そんなこんなで、日本は管理社会ならぬ体調管理社会になったのだった。
違反したとしても体調が良くなったり、基準値以下もしくは以上の体重になったりすれば出所できる。けれどもそんなことで経歴に傷をつけたくないし、企業によってはそれだけで採用を拒否することもあるのだ。下手なことはできない。
かと言って、おやつなどの贅沢の文化がなくなったかと言えばそうでもない。基準の中にいればどんな食生活をしてもいいのだ。食べ過ぎず、食べなさ過ぎず、偏りすぎない食生活の中にほんのちょっとのおやつを入れるのが、多くの人の生き甲斐になっていた。
かく言う私も、一日の中のほんのちょっとした楽しみを持っていた人間。
「何でこんなことをしたかな……」
目の前にあるパフェを見てそう思った。私は馬鹿だ。こんなものを作り上げてしまうなんて。これを食べてしまえば一発で私の体調基準値はレッドラインを越えてしまう。つまり逮捕だ。
しかし、これを食べずにいろというのか。無理だ。これを食べないなんてもはや人間を捨てていると考えていいだろう。
今ならわかる。知恵の実を食べてしまったアダムとイヴの気持ちがよくわかる。
目の前にこんなに美味しそうなものがあったら、例え両親や神様にダメと言われても食べてしまいたくなる。
それが例え罪だったとしてもだ。
まさに今の私の状況。このパフェを作ったのは私だけれども。
かと言って、これを友達や家族と分け合うのも何か悔しい。もったいない。ってか待ってたらアイスが溶けてしまう。
一秒がやけに長く思えた。一筋の嫌な汗が流れる。それを拭うこともなく私は考え続けた。
これを食うべきか、否か。
かのシェイクスピアならこう言ったろう。
To eat, or not to eat:that is the question.《食うか食わぬか、それが問題だ》
いや、食べよう。これは食べるしかない。悩むまでもない。
頭の中で何か言いたげにこちらを眺めている天使を悪魔が蹴飛ばした。
私は震える手でスプーンを手に取る。汗で滑って落としてしまわぬように慎重に掬った。
スプーンの上にはアイスとクリーム、そしてストロベリー。
それを一口、食べてしまう。食べてしまった。
「〜〜〜〜〜〜〜〜っ!」
あまりの感動に言葉が出ない。もうだめだ。全部食べてしまおう。
これを食べないなんて人生の九割を損してしまう。ちなみに残り一割は恋人なので私はいつまでも九割である。
私はそれを貪るように食べた。美味い。口の中はびっくり箱のように様々な味が飛来する。どれもこれもが美味だった。
香りが口の中を昇る。これは間違いなくマンゴーだ。この甘みと酸っぱさの奇跡の融合はマンゴーだ。沖縄県産のこの最高級マンゴーをこんな贅沢に使っているのは、今の時代に私くらいしかいないに違いない。
続く甘みはバナナ。同じバナナでもこれは別格だと思わせた。美味い。なんて美味いんだ。
食べ始めてから呼吸を忘れてしまっているようだった。けれども止められない。きっとアダムはイヴからもらった知恵の実を食べて始めて言った言葉は「美味い」なんじゃないだろうか。
アイスもクッキーも、生クリームもさくらんぼもストロベルーもキウイもぶどうも、何もかもを食べ尽くす。
気づけば器の中は空っぽだった。食べ切った。もうどうなってもいいや。今夜、ご飯を抜けばなんとかなるだろう……。
そんなパフェよりも甘い考えに浸った瞬間だった。
ピンポーン
インターホンが鳴る。私はその音で現実へと帰ったのだった。