part7
その日の放課後。教室を出た直後、一樹は何者かに声をかけられた。
「あ、あの・・・・・・すいません」
女性の声だった。振り返ると、そこには見覚えのない女子がいた。襟下のスカーフが青いので2年生なのだろう。かなり度の強いレンズが入ったメガネをしており、柔らかな髪をひとつのお下げにした、文学少女のステレオタイプとでも言えそうな格好をしている。
一樹ににらみつけられて、その女子は一瞬体を硬直させた。
「私、あの、神原奈津美っていいます。ええと、その・・・・・・」
緊張しているのか、硬直した口調で彼女はそう告げる。
だが、彼女の姿を見た一樹は、暫く何かを考えた後、眉をひそめ、低い口調でこう答えた。あからさまに、警戒している。
「・・・・・・オカ研か、何の用だ」
彼女は、2年生に在籍する、オカ研の一人だった。
オカ研がむこうから接触してきた。それはすなわち、こちらの見当も間違いではないということになる。この先にあるのは、忠告か、それとも警告か。一樹は警戒した。
しかし、オカ研の女が発したのは、そのどちらでもなかった。
「・・・・・・あ、あの、相談があるんです。聞いてもらえないでしょうか・・・・・・?」
オカ研が相談だと?一樹は、一瞬耳を疑った。
まさか、俺が今首を突っ込んでいる話と違うのか?
「門司先輩のお力を貸してほしいんです。私ではもうどうしようもないんです」
一樹が黙っていると、神原と名乗った目の前の女はそう言って頭を下げてきた。
そして、少し顔を上げると、上目遣いでこう聞き返してきた。
「・・・・・・ダメ、ですか?」
一樹は、硬派を気取っているが、実は頼まれると断れない性質だった。
「・・・・・・相談って、俺じゃないとダメなのか?」
すると、神原はこう答えた。
「はい、あの・・・・・・私、昼休みに、見ていたんです。図書室で、先輩たちのこと」
「!?」
「門司先輩はこういうことに詳しいと聞きました。どうか、お願いします!」
そして、神原と名乗った女は、再び頭を下げた。
「・・・・・・はぁ、判ったよ。話はあとで聞いてやる」
「ほ、本当ですか!?」
すると、今まで不安げに目を伏せていた神原の表情がぱあっと明るくなった。
「ああ、そこまで言われちゃほっとけないだろ。ただし俺は部活があるから、その後でいいか?」
「はい!ありがとうございます、門司先輩!」
あまり気のない一樹の返事にも、神原は嬉しそうに答える。よほど、相談できるのが嬉しかったようだ。
そして、失礼しますと言い残すと、くるりとスカートを翻し、足早に教室を去っていった。
「モンジも意外にやるねぇ」
突然、その背中ごしにそう声をかけられた。
振り向くと、よく知った男がにやにやしながら一樹を見ている。
「女っ気がないやつだと思っていたけど、下級生がターゲットだったとはねぇ」
「・・・・・・お前、話のほうは全然聞いていなかったな?」
はやしたてる大輔に対し、一樹は苦笑いしながらそう切り返す。
「今の女、オカ研だぞ?」
「へっ?」
「どうやら、昼休みに図書室で俺らのことを見ていたらしい」
そこまで言って、ようやく大輔のほうも話が見えたらしい。顔つきが真剣になる。
「で、なんだって言ってたんだ?」
「相談に乗ってくれ、とか、力を貸してくれとか言ってた。おそらく、オカ研についてだと思うんだが・・・・・・」
腕を組んでいた一樹は、そこで自分が疑問に思っていたことを大輔に聞いてみた。
「ダイスケ、さっきのあの女について、何か気がつかなかったか?」
「へっ?さっきのって今さっきお前が喋ってた子か?」
「ああ。お前だったら、見て判ることだ」
「見て判る、見て判る・・・・・・!」
一樹に促されて考え込んだ大輔は、思い出したようにこう言い放った。
「あの肩乗り悪魔がいない」
「そういうことだ。後ろを向いたときにもいなかった。オカ研は全員にアレがついていると思ったんだが、例外が居たわけだ」
そこで一樹が言葉を切り、大輔のほうへ向き直った。
「ダイスケ、お前も来い。どうせ部活が終わったら暇なんだろ?」
「俺?いいのか、お邪魔なんじゃねぇの?」
「変な気を使うんじゃない」
にやける大輔に、一樹は顔をしかめた。