part2
物理学教室の横に、写真部というプレートが貼られた部屋がある。一樹は、その引き戸の前に立つと、がらっと乱暴に開いた。
「あっ、門司先輩、見てくださいよ」
薄暗い部室に入ると、メガネをしたちょっと髪の長い学生がいた。
その学生は、一樹を見つけると近くに寄ってきて自分の手にあるものを見せた。いまどき珍しい、古臭くて妙にごつい一眼レフのカメラである。
「またあれか、会長にいじられたのか?」
「そうなんですよ、ほら」
そう言いながら、メガネの青年がそのカメラを誰も居ない方向へ向けた。
そして、妙に楽しそうにファインダーを覗くと、シャッターのスイッチを切った。
びかっ!
その瞬間、洒落にならない凄まじいフラッシュが焚かれ、視界が真っ白になる。
フラッシュなので次の瞬間には光は消えていたが、あまりの光量で一樹の視界には暫く青いスクリーンが張られてしまっていた。
「お、おい、トガ、な、なんだ今のは」
「凄いでしょ」
「凄いどころか、こんなの人に向けたら失明するぞ」
目をしばたかせながら、一樹がメガネの青年に文句を言う。
トガと呼ばれたこのメガネの青年の名前は狩尾満。新入生である。
一樹と違い、見てわかるようなホンモノのカメラ少年である。本人に霊感は無いのだが、一度心霊写真を撮ってしまい、相談に乗ってくれた一樹をそれ以来尊敬している。本当は将棋部である一樹が写真部に顔を出すようになったのも、ちょくちょく心霊写真を撮ってしまう狩尾によるところが大きい。
「全く、あのマッド会長も使えるようなものを作れよな」
ため息をつくと、一樹は荷物を降ろして、その中からファイルを取り出した。
ここで言う会長とは、写真部の部長ではない。この学校の生徒会長である城丸覚治の事で、また彼は科学万能主義者の変人としても知られている。
運が悪いことに、その会長と中学時代から知り合いだった狩尾は、ある日ちょっとしたカメラの修理を彼に頼んでしまった。そのせいで、彼に目をつけられてしまったのだ。そのときに変な改造をされてしまい、以来、そのカメラが故障したら彼に修理を頼むしかなくなり、修理されるたびに修理のほか妙な改造を次々されてしまい、という妙な悪循環になってしまっている。
今の超強烈フラッシュも、当然ながらその会長の改造品である。
「普通の写真、撮れるんだろうな?」
「どうっすかねぇ。今もフィルムは入ってますけど」
「よし、現像してみよう。どうせ現像室は空いてるんだろ?」
「でも準備してないっすよ」
「そんなの今すぐ準備すりゃいいことだろうが」
行って来い、と一樹が言うと、狩尾は薄暗い部室の奥へと走っていった。そこは学校の暗室とつながっており、現像はそこで行うことになっている。
もっとも、現像をする場合は現像液を自分で準備しなければならないし、暗室は写真現像のほか物理や化学の実験などでもたまに使われるので、いつも使えるとは限らないのだ。
幸い、その暗室が空いていたので、二人はさっそく準備を済ませて(と言っても、ほとんど全部狩尾がやったのだが)現像を行った。
「ありゃりゃ」
出来上がった写真を見て、一樹はあきれたようにため息をついた。
フラッシュが強すぎたのだろう、写真はほとんど真っ白で何が映っているのかも良く判らない。
「お前、これ使いもんにならんぞ。なおしてもらってこい」
「ええっ、い、今ですか!?」
「それ、お前のだろうが。お前はどうしたいんだ」
返事をするが早いか、満がカメラを手にすっ飛んでいく。
それを見届けた一樹は、今さっき撮影した写真に目を落とした。
今までのこともあるので何か変なものが写っているかもしれないと思ったのだが、結局そこにはなにもなかった。