part18
事件から、2週間が過ぎた。
当事者のうち、オカルト研究会のメンバーはほぼ全員が軽症を負っただけだったが、その中の数人が精神的に不安定な状態になり、ヒステリーを起こしたりひきこもりになったりしている。
また、「穢れの大元」に立ち向かった4人も無事では済まなかった。男性は全員が体中に打撲や擦り傷を負っており、最も軽症な会長でさえ左腕全体のヤケドで全治2週間。一樹は右の二の腕を骨折し全治1ヵ月、大輔に至っては胃が打撃によって破れており、全治2ヶ月を言い渡されている。また、沙代子は外傷は少ないものの、昏睡状態が4日続き、それからしばらくの間は情緒不安定になりしばらくの間学校を休校する羽目になっていた。
そして今日、一樹はようやく退院し、久しぶりに学校に顔を出すため通学路を歩いていた。
彼の右腕はまだ完治しておらず、首からつるした三角巾で支えている状態だ。
あんな事件があったにもかかわらず、世の中は何事も無かったかのように動いている。一樹は、自分がなぜか浦島太郎になった気がした。
いつもなら友人と、特に大輔とつるんで歩く道だが、大輔はまだ入院中なため、今日は1人で歩いている。
「門司先輩!」
その時、一樹の後ろから、誰かが声をかけてきた。
振り向くと、そこには眼鏡とおさげが特徴的な女子が一人立っていた。
「退院、おめでとうございます!」
その女の子は、振り向いた一樹の前で、ぺこりとお辞儀をした。
「ん?あれ、奈津美・・・・・・ちゃんだっけ?」
「覚えていてくれたんですね、門司先輩。奈津美、感激です!」
一樹が声をかけると、奈津美それがとても嬉しいと言わんばかりの満面の笑みを浮かべた。
「あ、いや、感激と言われても・・・・・・」
一方の一樹本人は、目の前に現れた後輩の様子に、少し戸惑っていた。
2週間前、自分たちに相談を持ちかけてきた時とあまりに雰囲気が変わっていたからだ。あの時は、何事につけてもおどおどとしていたが、今の彼女は自信にあふれ、まぶしくさえ感じる。
「色々、話したいことがあるんです。道々でお話しますから、一緒に行きましょ?」
一樹が戸惑っている前で、奈津美はそう言いながら一樹の横に並んで歩き出した。
「先輩、腕を吊ってますけど、本当に退院してよかったんですか?」
「ん、ああ、まあほとんど繋がっているし、あまり長く休んでいるとそれこそ授業についていけなくなるしな」
「そうなんですか」
そう言いながら、一樹は奈津美の目が妙にキラキラしているような気がした。
「そういえば、オカ研って今はどうなってるんだ?」
「オカ研、なくなっちゃったんです。部長が「かいさーん」って。それで、私は今ですね、漫画研究会に入っているんです」
「あー、そうか。漫研だったら、まだ安全かな」
そもそも、オカ研自身、瑞姫が自分の趣味のために立ち上げたと言われる同好会であるし、それでなくても瑞姫にたてつく奴はほとんどいない。瑞姫の一存は、オカ研には絶対なのだろう。
「あ、そういえば。あの事件で先輩たちがやっつけたもののことなんですけど」
あの事件、と言われて、一樹の脳裏にあの黒煙の中に浮かぶ鬼の顔の姿が浮かぶ。さすがの一樹もあれは忘れたくても忘れられない。
確か、瑞姫が悪魔召還を行い、現れたはずだったが。
「あれ、悪魔じゃなかったみたいなんです。調べてみたんですけど、あんな煙みたいな悪魔ってどこにもいなくって」
「・・・・・・へ?じゃあ、あれは、なんだったんだ?」
「多分、中途半端な術が浮遊霊とか地縛霊とかを寄せ集めて、それがちょっと力のある霊を核にしてまとまったものかな、と思います」
「・・・・・・随分、詳しいな」
「勉強しましたから」
奈津美は、誇らしげに胸をはった。
「そういえば、あの時に君がやったアレ、黒い犬みたいなのが床から出てくるやつだけど、やっぱりあれも勉強したから出来たのかい?」
「はい。赤石先輩から渡された魔導書のコピーが、あの術式を記したページだったんです」
「そ、そうか。それで、そのコピーはどうしたんだ?」
「コピーは、燃やしちゃいました」
「そ、そうか」
一樹はそれを聞いて、肩の荷がひとつ下りたように感じ胸をなでおろした。瑞姫が持っているオリジナルがどうなったのか判らないのが心配の種だが、自分の横にいる文学少女にはそれとはかかわりを持たないでほしいと一樹は思っている。
そうやって話をしていると、2人はやがて学校にたどり着いた。
「一樹先輩、今シングルだって、本当ですか!?」
その校門の前で、突然、奈津美がぴょんっと飛び出して、一樹の顔を覗き込みながらそんなことを聞いてきた。
「あ、ああ」
それに圧倒され、つい頷いてしまう。
実際、一樹はこの年になっても彼女を作ったことがなく、親にも心配されている。もっとも、一樹本人は「坊主は本来女人禁制だろうが、何ふざけたことをぬかしてやがんだこのエロ坊主」と父親にも言ってはばからず、またクラスの女子にも、相談してくる女子にも意識したことがない。
「良かった、じゃあ」
すると、改めて姿勢を正した奈津美は、ひとつ咳払いをした。そして。
「私、神原奈津美は、この場で、一樹先輩の彼女に立候補します!」
登校してくる学生が何人もいる中で、奈津美は声も高らかにそう宣言した。
これには、一樹も面食らった。まさかこんな恥ずかしいことを堂々としかも真正面からされるとは思ってもみなかったからだ。
「えへへ、今日はですね。その第一歩として、お弁当作ってきちゃいました」
何もいえずに硬直している一樹を前に、奈津美は満面の笑みを浮かべながら手提げカバンを一樹の前に突き出した。
「それじゃ、先輩!お昼休み、待っててくださいね!それじゃ!」
さいごに飛びっきりの笑顔を浮かべると、くるんっとスカートを翻し、奈津美は校舎内へと走って消えていった。
後に残された一樹は、あっけに取られたままそこに突っ立っていたが、やがて周りからはやし立てる声が聞こえて我に返った。そして、真っ赤になりながらその野次馬を追い払ったのだった。