part16
静寂があたりをつつむ。
3人が恐る恐る目を開くと、さっきまでそこにあったはずの黒煙も、鬼の顔も、気配すら残さずに消えていた。
「や、やった、のか?」
「・・・・・・大気中のアストラル濃度、急激に減衰。この分だと、あと数分で、通常濃度になるよ」
どこからかハンドマイクのようなものを取り出して空中を探っていた会長が、皆に伝わるような声でそう言い切る。
「ってことは・・・・・・」
「や、や、やったーっ!やったぞこんちきしょいっ!」
大輔が、嬉しくて仕方が無いかのように拳を天に突き上げて叫んだ。
だがその直後だ。
「ぐっ!?」
突然、その大輔が腹を押さえ、苦しげにうずくまった。
「ぐぼはぁっ!」
そして、口からどす黒く変色した液体を吐き出す。
血だった。それも尋常ではないほどの。
それはオカ研の部室の床に飛び散り、赤い斑点となって浮かび上がる。
「あがあああぁあああがあああ、ああああがはあああああ!」
そして、その中で凄まじい叫び声をあげながら、江崎がその中をのた打ち回っていた。
「あがあああ、あぁが、あがあがあああがああっ!」
「だ、ダイスケ!?」
あまりに唐突なことに、その場が騒然となる。
「押さえてくれ!」
それに真っ先に答えたのは、会長だった。突然、警棒を手に、のた打ち回る江崎のほうへと駆け出したのだ。
そして、暴れる江崎にしがみつく。しかし根本的なパワーが違うため逆に振り回されてしまう。
そこに、一樹と智里の二人が一斉に飛びつき、3人分の体重でなんとか押さえ込む。
「ごめん!」
すると、何を思ったのか城丸が警棒のスイッチをオンにし、すかさずそれを江崎の体に押し付けたのだ。
バチッ!という音とともにスパークが飛び、江崎の体がびくんっと硬直する。
そして、ぱたりと動かなくなった。
「救急車!早く救急車を!」
そして、後ろを振り向き、まだ状況が把握できていない奈津美に向かって、尋常ではない口調で言い放った。
「え、えっ!?」
「内臓破裂の危険性がある!早く!」
会長の鬼気迫るに圧倒されたように、後ろで見ていた神原が携帯を取り出して119番通報をする。
ひととおりの話を済ませて、奈津美は改めて事件の現場を確認した。
惨憺たる状況だった。崩れた椅子や机が散乱する中、右腕をだらんとさせてしゃがみこんだ門司先輩に、背負ったナップザックの上で大の字になり、ぜいぜいと荒い息をする城丸生徒会長。今さっきその生徒会長が気絶させた江崎先輩。その江崎先輩がかばい続けた、気を失った川井先輩。無事なのは、後から加わった、自分と智里だけだ。
そして。奈津美の目は、さらにそのむこうで糸が切れた操り人形のように倒れた、フードがついたマントを羽織った人影に目をやる。
そこにいるのが、今回の事件を引き起こした人物、オカルト研究会会長にして理事長の孫娘、赤石瑞姫その人だった。
何がどうなって彼女が倒れているのか。自分には知る由も無い。だが、彼女が倒れているのは、他の先輩たちが倒れているのとは違う理由からだろう、とは容易に推測できた。
そしてまもなく、奈津美は自分の推測が正しかったことを知ることになる。
「・・・・・・ん・・・・・・」
気がついたのか、その瑞樹が非常に緩慢な動きで上体を起こす。意識がはっきりしないのか、瑞樹はうつろな目をしながら頭を何度か振る。
そして彼女が顔を上げたとき。
「瑞姫いいいいぃぃぃぃぃぃっ!」
自分を呼ぶ声とともに、彼女の視界に、拳が飛び込んできた。
「きゃああっ!?」
なすすべも無く、瑞樹はその拳に殴られ、再び床に転がった。
「っ、なっ、何をするのよ!」
「うるせええええええええええええええっ!」
顔をあげた瑞樹は、自分を殴った角刈りの男をきっと睨みつけるが、むこうのあまりの剣幕に逆に圧倒された。
「てめえええぇぇっ、自分が何したか、わかってんのかぁぁぁっ!?てめぇがバカなことしやがったおかげでこっちゃとんでもねぇ目に逢ったんだ、わかってんのかこのスットコドッコイ!」
凄まじい剣幕で怒鳴り散らすその男こそ、門司一樹その人だった。骨が折れているのか右腕はだらんと力なくぶらさがっているが、それを忘れているかのように彼は全身で激昂していた。会長と智里がなんとか押さえ込んでいるが、その怒りは収まる様子を見せない。
「瑞姫いいいいぃぃぃぃぃっ!てめぇこのアマぁっ、ダイスケになんかあったら、てめぇが理事長の孫だろうが何だろうが、ぜってぇにタダじゃおかねぇからなああああぁぁぁっ!忘れんじゃねぇぞこんちくしょおおおおおっ!」
その一樹の怒号は、救急車が到着し、大輔たちが運ばれていくまで続いたのだった。