part15
がらがらがらがらっ!
うずたかく積みあがった机と椅子の一角が崩れる。
そして、それを掻き分け、パンク頭の男が顔を出した。
「大輔!」
「よう、てめえ!俺も、委員長も、まだぴんぴんしてるぜ!ははっ、ざまぁ見やがれ!」
大輔が、挑発するように叫ぶ。その左手には、気を失った沙代子が抱えられている。
しかし、頭を怪我したのか、顔には赤い血がべっとりと張り付いている。
「てめえにゃ、殺されはしねぇ!こいつも、そいつらも、誰もなあ!地獄にゃ、1人で逝きな!」
そして、大輔が煙の鬼面に向けて銃の引き金を引く。
デザートイーグルとはいえ、たかだかエアガンだ。本来なら効くはずはない。
「ぐぁっ!?」
だが、その弾丸が命中したとき、煙の鬼面が歪んだ。
見ると、大輔の持っている銃を、淡い光が包んでいる。その光り方は、ちょうど、会長の特殊警棒のそれによく似ていた。
「おらおらおらおらおらおらおら!」
大輔が立て続けに引き金を引くと、その光をまとった弾丸が次々と撃ち出され、鬼面へ吸い込まれていく。そしてそのたびに鬼の顔が歪み、悲鳴ともうなり声ともつかない声をあげる。
かちっ。
「ちっ、弾切れか」
舌打ちした大輔がグリップの横にあるボタンを押すと、からになった弾倉がグリップからするりと抜け落ちる。
「ぐぬうう、あじな真似を」
煙の鬼面がもとの姿を取り戻し、大輔をにらみつける。
「ぅおおぉおおぉおぉぉぉおおぉおぉおおおぉぉん」
そして、牙の並んだ口を開き、低い声で叫んだ。その口から、蚊柱のようなものが吐き出される。
虫の大群による攻撃かと3人は身構えるが、それは向かってくる様子も無く、それぞれがでたらめに部屋中に散っていった。そして、バラバラに床に散らばった机や椅子に着地すると同時に弾けて消えていく。
真意はすぐに判った。
がたっ、がたがたっ。
床に散らばっていた机や椅子が、再び身震いするように動き出したのだ。
「なんだこりゃあ!?」
大輔の言葉も無理も無い。
2脚の椅子が、一樹めがけて不自然に転がりながら向かってくる。
「うおっと!?」
そして目の前で跳ね上がり、飛び掛ってきたところをぎりぎりでかわす。
その横では、動かない沙代子を壁際に横たえた大輔が、飛び掛ってくる机や椅子を、机を振り回して叩き落とす。
一方、会長は、壁際に追い詰められていた。
心霊機械によるバリアの出力が、落ちてきていたからだ。しかも、飛んでくる椅子や机を完全に防ぐほど強力ではないため、バリアを突き抜けた椅子や机をかわさなくてはならず、それで手一杯だった。
「ぐぁっ!」
そうしているうちに、ついに犠牲者が出た。
一樹が、右腕を2つの机に挟まれたのだ。
彼の腕から、みしりという嫌な音が聞こえた。
「モンジ!?」
大輔がそれに気を取られた、その直後。
「ぐぶっ」
その大輔の腹に、机の角がめり込んだ。角が丸められているので刺さりはしないが、それでもそのダメージは大きいはずだ。
「ぐっ、くっそぉっ!」
手にしていた椅子を振り下ろし、机を叩き落としたがダメージは大きく、大輔はその場に膝をついてしまった。
また、会長もピンチに陥っていた。
パシュ、という気の抜けたような音とともに、バリアがついに消滅してしまったのだ。
「わっ!」
一樹や大輔に比べ、会長はずっと文科系の人間だ。身のこなしも、頑健さも、動体視力も、2人には及ばない。さらに彼の場合、背中に重いバッテリーを背負っているため、余計に動きが妨げられるのだ。
飛んでくる椅子や転がってくる机をなんとか両腕で庇ってはいるが、それがいつまで持つだろうか。
その会長の目の前に、机が飛び込んできた。防ぎ切れないと思いつつ、腕を交差させて防御の体制に入る。
その時だ。
「そぉいっ!」
気合の入った女の声と共に、突然現われた金属バットが、その机を見事に打ち返した。
机は見事な放物線を描き壁に激突する。
その女は、返す刀で別方向から飛んでくる椅子を同じようにバットで打ち返し、そしてさらに別の椅子に向かってバットを振り下ろし床に叩きつける。
「くらいつけ!」
それと別の女の声が響くと、大輔の足元の、木で出来た床がまるでゴム膜のように大きく膨れあがり、そしてそれを内側から突き破って、何かが姿を現した。
それは、巨大な黒犬の頭のようだった。しかしその目には瞳が無く、むき出しになった牙はその全てが異常に鋭い。
その黒犬の頭が大きく口を開いたところに、床を転がった椅子が飛び込んでくる。
だが、黒犬が噛み付いた瞬間、机はそこが無くなったかのように真っ二つになって床に転がった。
「吼えろ!」
さらにその女の声が響くと、その黒犬の頭は鋭利な牙がむき出しになった口を開き、咆哮する。
すると、その咆哮と同時に、黒犬の顎からオレンジ色の炎が吐き出されたのだ。
そして、その炎は、まっすぐ煙の鬼面へと襲い掛かる。
「ぐわっ!?」
その煙は可燃性なのだろうか、鬼面の表情が歪んだ。
そしてその時、黒犬の頭は、床を突き破った跡と一緒に跡形も無く消えていた。
「大丈夫ですか、先輩!」
いきなり現れ、ひとしきりの行動をした2人が、傷ついた一樹たちにむかって振り向く。バットを持っているのは癖の無い茶髪を肩口あたりでばっさり切った快活そうな女子で、もう一人は黒い髪をおさげにしてめがねをかけた文学少女を思わせる女子だった。
「神原!?」
「チリ坊!?」
「なんで、ここに!?」
それぞれの顔を見た先輩たち3人は素っ頓狂な声をあげる。
「そういう気分だから!」
茶髪の女子、智里が、にかっと笑って答える。
「そこのバケモノ!あたしの体を好き勝手にした報いは高くつくよっ!」
そして、手にした金属バットで煙の鬼面を振り抜く。
しかし相手は煙のようなもの。バットは全く手ごたえもなくそれをすり抜け、その勢いに振り回された智里はそのままバランスを崩して倒れかけてしまう。
「ふん、少し愕かされたが、結局はただの小童どもか」
その様を見て、煙の中の顔が嘲笑するかのように歪む。
「じゃあその小童に消されてもらおうか」
その時、会長が、その鬼面に向けて、左手を向けた。
「今度こそっ!くらえ、Xバスターっ!」
会長が叫ぶと、指先から、波打った薄緑色の光が放たれ、闇より濃い黒煙に染み込んでいく。
すると、黒煙とその中の鬼面の表面を飛び回るように、薄緑色の稲妻と火花が飛び散った。
「ぐぁっ!?な、なんだとぉっ!?」
金属バットは全く効果が無かった鬼面の表情が歪み、そして少し煙が薄まった。
「オン・アボギャ・ベイロシャノウ・マカボダラ・マニ・ハンドマ・ジンバラ・ハラハリタヤ・ウン・・・・・・」
そこにとどめとばかり、独鈷杵を親指にはさんで合掌した一樹が、お経のようなものを唱える。
それは、法事や葬式などの時に唱えられる、光明真言だった。
「ひぐっ!?」
すると、雲が切れて日の光が漏れるように黒煙が切れ、苦悶の表情を浮かべた鬼面に穴が開き、そこから眩しい光が漏れはじめた。
その穴は見る間に数を増やし、そして光の中に鬼面が消えていく。
「こんなはずがああああああああ!」
断末魔のような声が、光の中に響く。
ばんっ!
そして。何かが破裂するような音を最後に、何も聞こえなくなった。