part14
「Dプロテクション、起動!」
最初に動いたのは会長だった。と同時に左手で右袖のボタンを回す。
すると、彼を中心とした球の形に、ぼんやりと青白く光る幕のようなものが現れる。
「てめ、会長、ずりぃぞてめぇばかり!」
その横で、大輔が減らず口をたたきながら弾倉を装填しなおす。
「愚痴はあとだ!オン・バザラ・タラマ・キリクッ!」
そして、一樹が叫んだ。と同時に、彼の背中から白い光の弾丸が飛び出し闇の軍勢へと向かっていく。
「行くぞ!」
そして、3人が飛び出した。
そのことは予想外だったのか、瑞姫の表情が少し歪む。
「こっちだ!」
瑞姫は右のほうから聞こえた声に一瞬気を取られた。
そこには制服を着崩し、拳銃を構えた青年が構えていた。
パンッ!
その引き金が引かれ、軽い破裂音とともに弾丸が打ち出される。
それは瑞姫の頬をかすめて飛んでいった。
「おのれっ!」
自分に銃口を向けながら余裕の表情でそこに立つ青年に、瑞姫は表情を凶暴な怒りのそれに変えて睨みつける。
「Xバスターッ!」
また違うほうから、自らを青白い光の球で包んだ青年が、左手を瑞姫に向けて突き出している。その指先に薄緑の光が集まった、と思ったとき。
「ぐわっ!?」
それと違う火花がその左手のまわりにはじけ飛び、その青年、会長が左手をとっさに右手で押さえる。
何かが失敗でもしたのだろうか、そこに一斉に髑髏と小人どもが群がる。だが、周囲を包む光の球に妨げられ手間取っているところに、打撃部が光に包まれた警棒で突きを食らわせて消滅させていく。
「ノウマク・サンマンダ・ボダナン・バクっ!」
それとはまた別に、角刈りの青年が真言を唱えると、真っ白い光が現れ、そして消えると同時に数体の髑髏や小人を消していく。耐え抜いたそれが一樹の体にくらいついたが、それも間もなく消え、さほどのダメージは与えていない。
瑞姫の顔に、少しだけあせりの色が浮かぶ。たったの3人を攻め落とすのに、これほど手間取るとは予想外だったからだ。
「神の御息は我が息、我が息は神の御息なり。御息を以て吹けば穢れは在らじ。残らじ。阿那清清し、阿那清清し」
その時、祝詞が瑞姫の耳に届いた。
3人の男に気を取られているうちに、沙代子を目と鼻の先まで接近させていたのだ。
その髪が濡れている。持ってきた御神水を頭から被ったらしい。
そして、その御神水の効果は、覿面だった。髑髏も、小人も、彼女に触れようとすると、その触れた場所に光が現れ、それと同時に燃えたかのように消えてなくなるのだ。
沙代子から離れると、化物たちの欠けた部分は瞬く間に元に戻るのだが、結果、髑髏も小人も彼女には触れることができない。
その沙代子の両手が瑞姫の両肩に置かれる。その手から、しゅうううう、という音と共に蒸気が立ち上り、瑞姫の表情が歪む。
だが、沙代子の次の行動は、そこにいた者全員を驚かせるものだった。
「んむうっ!?」
沙代子の唇が、瑞姫の唇と重なっていた。
さすがに驚いたのか、瑞姫の眼が見開かれる。
だがそれに構わず、沙代子は合わせた口から、自分の息を瑞姫の口へと吹き込んだ。
「んーーーーーーーっ!」
沙代子の息が口に入った直後、瑞姫はまるでそれが猛毒であるかのようにもがき始めた。
「ぷはっ」
苦しみもがく中で瑞姫が沙代子を突き飛ばすと、沙代子はそのままひっくり返り、床に投げ出されるとそのまま数メートル床の上を滑った。
その様を見て大輔が駆け寄る。
「だ、大丈夫か!?」
とっさに沙代子のことを助け起こす。そして振り向きざま、銃を3発撃った。
甲高い悲鳴をあげ、飛びかかろうとした小人が頭を討ち向かれ消えていく。
「ぐあああぁああぁあっ、ごふっ、ぐえええぇぇっ」
そのむこうでは、胸を押さえ、苦しそうに身もだえする瑞姫の姿があった。
「穢れを祓う御息を、吹き込んだのよ」
大輔の耳元で、女の小さな声がする。
体を起こした沙代子が、瑞姫の様子を見ながら、小さな声を発していた。だが、力を使いすぎたのか、沙代子の体はぐったりと脱力し、なんとか大輔にしがみついている様子だ。
「うまくいけば、穢れは彼女の体にいられなくなる。それがダメでも、力を殺ぐことはできるはず」
その視線の先には、それに抗っているのか、なおも苦しげに身もだえする瑞姫の姿があった。
そして沙代子の言うとおり、瑞姫に取り付いた「それ」は大きく力を殺がれていた。髑髏も小人も沸いてこなくなったのだ。
「オン・アロリキャ・ソワカ!!」
最後の髑髏が、一樹が放った光の中で崩れ去った。
その時だ。
「ぐっ、うぐぉ、ごあっ、がはっ、ぐぼああああああああっ!」
自分の喉下を掻き毟った瑞姫が、両膝を床について大きくのけぞり、天を仰ぐようにして、激しい絶叫を上げたのだ。
そして、その後に見た光景は、現実に目の前で起きていることだとは到底信じられないものだった。
絶叫を上げるその口から、目から、耳から、瑞姫を包んでいたものよりはるかに濃くどす黒い煙が立ち昇ったのだ。
ォォォォオオオオオオオオオオォォォォォォォ・・・・・・・・
その煙の中から、地鳴りとも遠雷ともつかない低い音が聞こえる。
「な、なんだありゃあ!?」
「・・・・・・あれが、穢れの、大元よ」
大輔に抱きかかえられた状態で、沙代子が呟く。
4人の前で、煙を吐き出しきった瑞姫が、まるで糸の切れた操り人形のようにぱたりとそこに倒れた。
その一方で、沙代子が「穢れの大元」と呼んだモノにも変化が現れた。
水の中にたらした墨汁のように、空中でもやもやと澱んでいたそれの中に、何かが現れたのだ。
それは、人の顔のようだった。だが、口からのぞく歯はずべてが鋭く尖り、目は瞳が無くそして赤く光っており、あえて言えば、人というより、鬼か悪魔と言ったほうがしっくりくる。
「ぐ・・・・・・ぐぬぬ、このワシがこんな小童どもに遅れをとるとは」
空中に浮かぶその鬼の顔が、しわがれた声を発する。
「よかろう。眷属として使うために手加減してきたが、直接お前たちの血肉を喰ろうて力を奪うこととしよう!」
「なんだとぉ!?」
と反論する前に、部屋の中に変化が現れた。
がたっ、がたがたがたっ。
地震でもないのに、教室の壁際に積み上げられた机や椅子ががたがたと震えだす。
そして。
ガラガラガラガラッ!
ひときわ大きな音がしたと同時に、その積み上げられた机と椅子が、一斉に彼らの頭上へと倒れて来たのだ。
「どわあああああ!」
野太い悲鳴をあげながら一樹が飛び出し、受身を取るように前転する。
「な、なんだなんだなんだこりゃあ!」
どたどた、といった擬音が当てはまるような走り方で会長が走る。その上から机や椅子が降り注ぐ。彼を包む青白い光のバリアは、怪物の爪や牙は食い止めたが、落ちてくる机にはそれを鈍らせる程度の効果しかない。
2人が何とか机を避けた、その時だ。
「きゃあああああ!」
女の悲鳴が聞こえた。
力が入らなくて動けない沙代子と、それを抱き起こしていた大輔の上に、遠慮なく机や椅子が崩れてきていたのだ。
「あぶねえっ!」
大輔が、沙代子を庇うように抱きかかえる。その上から机や椅子が降り注ぎ、2人はその中に埋もれてしまった。
「大輔!委員長!」
「なんて、ことだ」
2人は、それを見ているしかできなかった。
「馬鹿な奴等だ。逃げなければあの2人のように苦しまずに済んだというのに」
黒煙の中の鬼の顔が、嘲笑するような声を上げる。
それが、2人の逆鱗に触れた。
「貴様あああああああ!」
「ゆ、許さない、お前は許せない!」
搾り出したような怒りの声が、2人の喉の奥から吐き出される。
そして。
「勝手に殺すんじゃねえええええ!」
ひときわ大きい、2人とは別の男の声が響いた。