part12
床に座り込んだ4人の荒い息遣いが聞こえる。
「・・・・・・し、死ぬかと、思った」
大輔が、言葉をひねり出す。否定する者はいない。
何しろ、今まで命がけの戦いというものを経験したことがない高校生だった4人だ。しかも、むこうは明らかに殺しに来ているのに、こちらは本人ではなく肩や頭に乗ったインプだけを狙わなければならなかったのだから。
「あ、そ、そうだ、先生!?」
突然、思い出したように沙代子が声を上げた。
オカ研との戦いが始まる前、彼女と一樹と大輔の担任の岸谷教諭が、インプに操られたオカ研部員に腹を刺されたのだ。
果たして、岸谷教諭は腹にナイフが突き立てられたままで、仰向けに倒れていた。
疲れていることもすべて忘れ、全員がそこに駆け寄る。
「ど、どうしよう、こんなことになるなんて」
「とにかく、保険の先生を呼ぼう、怪我人だって」
「バカ、それより救急車だ!」
そして騒ぎになる。なにしろ、目の前で、教師が生徒に刺されたのだ。危険なことこの上ない。
「ちょっと待て」
だが、倒れている担任の、ちょうどナイフが突き立てられている所に手を触れた大輔が、妙に落ち着いた声でそんなことを言った。
一同の視線がそこに集まる中、大輔は岸谷教諭の腹に刺さったナイフの柄を掴む。
「ええと、触らないほうが、いいんじゃないかな?」
大輔が何をしようとしているのか判ったのだろう、会長がそう声をかける。
特に胴体を刺された場合、安易に動かすのは危険とされる。動かすことで内臓を傷つけたり、出血を促してしまうことがありうるからだ。
だが、大輔はそれをまるっきり聞き流し、左手で倒れた教諭の腹を抑えると、何のためらいもなくそのナイフを抜いてしまったのだ。
「だ、大輔!なんてことするの、先生を殺す気!?」
真っ先にヒステリックな声を上げて大輔に噛み付いたのは、沙代子だった。それ以外のメンバーも、大輔のことを疑り深い目で見ている。
だが、大輔は今ぬいたばかりのナイフを軽く掲げると、半分呆れたような口調でこう言い放った。
「バカ、お前ら落ち着いてこれをよく見ろ」
それに従い、視線が一斉にナイフへ向かう。
「判ったか?ナイフに血がついてないだろ、つまり刺さっちゃいるけど体までは届いてないってこった」
そのまま大輔は先生のほうを向き、軽く頬を叩きながら少し乱暴にこう言った。
「おい、先生。とっとと起きろって」
「・・・・・・ん・・・・・・・ん?」
すると、岸谷教諭はあっさりと目を覚ました。
「あれ、江崎に川井、まだいたのか」
そして、そんな惚けたことを口にする。
「せ、先生?おなかのほうは、大丈夫なんですか?」
沙代子が、おそるおそると言った感じでそう問いかける。
「おなか?・・・・・・ああっ!」
そこまで言われて、やっと自分の身に何があったかを思い出したらしい。勢いよく跳ね起きると、自分の腹のあたりをまさぐる。
「お、おい、あれ、嘘じゃないよな!?先生、刺されたよな!?」
挙句の果てには、まわりにいる自分の教え子たちの襟首を掴んで、必死にそう聞いてくる。
「先生、落ち着きなって。今、痛いか?」
しかし、大輔の半分呆れたような発言に我に返った岸谷教諭は、教え子の襟首を掴んだまま自分の腹部に目を落とす。そして、ようやく、痛みも何もないことに気がついた。
「先生、あんたなんか腹に入れてるだろ」
「・・・・・・あ」
そして、思い当たる節があったのだろう。背広の内側に手を入れると、そこから四角い何かを取り出した。
それは、色々と挟み込んで分厚くなった、彼の愛用のシステム手帳だった。刺されたことを物語るかのように、ナイフを刺した跡が手帳の表紙から内部へとしっかり残っている。
「閻魔帳に、救われましたね」
思わず、沙代子の口からそんな言葉が出てきた。
「よし、とにかくこれで、一件落着か」
一樹がそう言いながら手近な椅子に腰掛ける。床に倒れているオカ研の女たちは、憑いていたインプを退治したので、間もなく目を覚ますだろう。
「いや。まだ完全には終わってなさそうだよ」
だがそのとき、会長があたりを見回しながらそんな不吉なことを言った。
「おいおい、会長。笑えないぜ、その冗談・・・・・・」
大輔も、そう言いかけて、会長の顔を見て口を閉じてしまった。
「・・・・・・マジ?」
そして、大輔の言葉に会長は極めて真面目な顔でうなづいた。
「今、ここにいるオカルト研究部員の顔をひととおり見てきたんだけど、最重要人物の顔が見当たらないんだ」
「最重要人物ぅ?」
「赤石瑞姫、だよ。彼女の姿だけがない」
そう言われて見回すと、いつも赤石について回っている、通称召使の4人すらここに倒れているのに、その中心となる赤石瑞姫の姿だけがどこにもない。
「あの女、危険なことは部員に押し付けて逃げやがったな」
拳を握り締め、一樹が立ち上がる。そして、乱暴な足取りで出口へ歩いていく。
「どこ行くの?」
「オカ研の部室だ。面と向かって、お前のしたことは最悪だと言ってやらないと気がすまない」
そして、廊下へ出ようとしたときだ。
一樹が、なぜかそこで立ち止まった。
理由はすぐに判った。一樹が立っているそのむこうから、冷たい空気が流れてきたからだ。それも、ただ冷たいだけではなく、本能的な不快感をかき立てる何かを含んでいる。
「門司君、これって、まさか」
「ああ。・・・・・・全く、あの女はどこまで迷惑を振りまきゃ気が済むんだ」
一樹は額を押さえ呟くと大きく息を吐き、そして岸谷教諭に向き直る。
「先生、オカ研の部員たちを頼みます!」
「わ、判った、って門司はどうするんだ」
「俺は、瑞姫を取り押さえます!」
「それは、危険じゃないのか!?そんなところに行かせられないだろ」
「一刻を争うかも知れないんです!頼みます!」
そして、そこに倒れている、さっき死闘を繰り広げたオカ研の後始末を岸谷教諭に任せると、一樹は生徒会室を飛び出した。
「門司待てよ!」
その後ろから、一樹を呼び止める声がする。
振り向くと、3人の男女が追いかけてくる。
一樹が立ち止まり、声をかけようとしたときだ。
「おりゃあーっ!」
「ぐえっ」
その中のパンク頭の一人が、一樹にタックルをかましてきた。完全に不意打ちだったらしく一樹は一瞬体を浮かせてから廊下の冷たい床に背中を思い切り打ち付けてしまった。
「やいモンジ、人のこと勝手に巻き込んでおいて、勝手にひとりでつっ走んじゃねぇよっ」
ひっくり返った一樹の足元で、そのパンク頭、大輔がそんなことを言い放つ。
「ほら起きろよ」
そして、大輔が倒れた一樹の手を引っ張って立たせる。すると、そこには沙代子と会長が立っていた。
「大輔の言うとおりよ。私たちは、もともと同じ目的のために集まったはずでしょ?」
沙代子が、悪びれる様子もなく声をかける。
「まあ、生徒会長としては、この状況を黙って見過ごすわけにはいかないしね」
そして、改造特殊警棒をもてあそびながら、会長がそういい切った。
「お前ら、この先何があるか判らないんだぞ?」
「それを言ったら、さっきのオカ研とのアレだって予測できねーことだったじゃねーか。もう何があっても驚かねーって」
「それに、智里ちゃんは瑞姫さんが何かを召喚したって言っていたじゃない。いざ着いてみて、瑞姫さん以外に何かがいたら、一人で対応できるの?」
沙代子の言葉に、一樹は言葉を詰まらせる。
「だいたいさ、表現は悪いけど僕たちは問題を秘密裏に解決するために集まったんだから、目的も同じだ。協力するのは、悪いことじゃないだろ?」
そして、会長の言葉に、一樹も腹を決めた。
「判ったよ、あとで文句言うなよ」
そう言ってから、これから向かうほうを見据える。
生徒が下校し、人気の無くなった廊下は、まだ日が沈みきっていないと言うのに不気味なほど薄暗く、そして普通ではありえない空気が漂ってくる。
4人は、その中を歩き出した。