プロローグ 真似事
「暁の明星の名を持つ者よ・・・・・・」
暗い部屋の中、数本の蝋燭の明かりが静かに揺れている。
部屋の中には黒い布で作ったマントのようなものをまとった人が数人立っている。暗がりの中で、しかもマントのフードを目深に被っているため、顔はほとんどわからない。
だが、その下から聞こえる声や息遣いが、そこにいる全員が若い女性であることを示している。
そのなかの一人、おそらくリーダー格なのであろう人物が、右手に何かが書かれた紙を持ち、左手を空中で上下左右に動かしながら、声高に何かを唱えている。
彼女の視線は、紙面に書かれた文字を追っている。
そしてそのむこう、部屋の床には、二重丸の中に六芒星、その周囲に奇妙にねじくれた文字のようなものが描かれた布が広げられ、蝋燭は六芒星の頂点に1本ずつ立てられている。
まるで、悪魔を呼び出す中世の黒魔術の儀式のようだ。
しかし、真剣にそれをしているのは呪文のような言葉を唱えるリーダー格の女だけであり、それ以外はただ単に好奇心からその場にいるだけのように見える。
それも当然であろう。中世ならともかく、時代は科学が世の法則を支配する21世紀。そして、彼女らが今いるのは、自分たちが通う高校の部室なのである。
彼女らは、オカルト研究部という高校生サークルの仲間なのだ。彼女らが行っているのも、中世黒魔術のまねごとにすぎない。
そのきっかけは、1冊の古書を会員のひとりが古本屋で見つけたことだった。
英語のようで英語でない、奇妙な言葉で記されたその書を見つけたのは、まさに偶然だった。そして、調べるうちに、書かれている言葉がラテン語であること、書かれた内容が中世の黒魔術についてであることが判ると、彼女らは学生の本分である勉強も忘れ、その本のことを調べることに没頭していった。
黒魔術を再現してみよう。そういう言葉が彼女らから出てきたのも、自然といえば自然であった。
もっとも、彼女らはラテン語などを読むことはできないし、またそれまでごく普通に過ごしてきた彼女らにとって生贄を捧げるなど気色悪いだけだ。したがって、儀式で唱えられる呪文は日本語に翻訳されたものだったし、こういった儀式につきものの生贄なども捧げられていない。
彼女らにしてみれば、あくまでも真似事のつもりだったのだ。
だが、その少し後で、彼女らは自分の軽率さを後悔することになる。
突然、床に描かれた模様が回りはじめ、六芒星の中心から煙が立ち上った。
そして、それが全ての始まりだった。