⑧
フセキが眼を覚ますとまず目に入ったのは、見知らぬ天井だった。シミ一つないきれいな白色。ベッドの中でぼやけている意識が次第に鮮明となっていく。
「ここは……」
意識を失う前の状況を思い出し、バネ人形のように勢いよく身体を起こす。そして身体に鈍い痛みが響き、苦痛が声となって漏れ出す。
「おお、起きたか」
ベッドの横の椅子には平然と座っている行雲の姿があった。額には包帯、右腕にはギプスがはめられ、布で固定されているが左手のみで器用にも読んでいたのか本を手に持っている。
「あ、あなた平気なの?」
動揺が身体にも伝わり、震える指先で指す。フセキはすぐに意識を失ってしまったため、あの後のことを知らない。死んでいるものと思っていたために驚きは隠せなかった。
「なにをいう、右腕が骨折だぞ、大丈夫なものか」
「……そうね。でもその程度で済むなんて」
「俺にとっては初めての骨折だ。幼少の頃に車にねられても無傷だったからな」
「……」
「驚くのも無理はない、正面で六〇キロオーバーの速度ではねられて無傷だったのは俺も驚いた。ドライバーには気の毒だったが」
とんでもない武勇伝を聞かされて茫然としていたがフセキは安堵からかため息を吐き、ベッドに背中を預けた。するとドアを叩く音が響いた。
「入れ」
返事をするのは病室の患者ではなく、行雲だった。返事を聞いて入ってきて軽くほほ笑んでいる男は、運転手の雄介だった。
「失礼します、フセキさんお元気そうですね」
「ああ、さっき目を覚ましたぞ」
また返事をするのはなぜか行雲だった。
「行雲様も一応安静にしていてほしいのですが」
フセキを置いてきぼりにし、話を始める二人だった。そこでフセキは怪我をさせた張本人であるフセキがまったく責められることなく普通に話しているのか疑問だった。
「……あの後どうなったんですか?」
「あの後だと?」
疑問をなげかけるが疑問で返ってきていた。普通あの後といえばすぐに思いつきそうなものだが本気できにしていないのだろか。
「事故の後ですね。それは――」
雄介がその疑問について答えをしゃべり出した。