④
行雲は調べ物に集中して人物の情報に眼を通していくが、有力な人物には当たらなかった。そんな中で次第に不満をためだしている行雲がいた。
「またなんでもない会談だった。わざわざ俺が出向く必要があるのか?」
「まあまあそんなことを言わずに」
「ただでさえ探し物がうまくいっていないのだぞ」
車の中でスーツ姿の行雲は不満を漏らすがそれをやんわりと受け流している若い運転手は慣れた手つきでハンドルを握っている。
「それにしてもこんな本音を言えるのは雄介ぐらいだ」
「それは生まれたときから行雲様のお供ですから」
常に頬笑みを絶やさないような顔つきをした一見優男に見える男、雄介は運転手としての役目を果たしながら相談役もこなしているようだ。
「そのうち見つかりますよ、なんでしたら街を散策されれば何か見つかるかもしれませんよ」
「それもいいな」
正面から眼を逸らさない雄介はウインカーを光らせ、路肩へと車を停車させる。そのまま車を出て、行雲の方のドアを開けにいった。
「考えてすぐに思いつかないのなら、ただ考えるだけではなにもでませんよ。そこが行雲様の悪いところですかね」
そんな親しげに軽口を叩く雄介は柔らかく笑いかけている。それをじっと見ている行雲は軽く息を吐きだし、二つ返事で車から出た。
「お前には貝瀬と違った意味でかなわないな」
雄介につられるように口元を緩めた行雲は目的地もなく夕焼けが照らす街に足を伸ばしていった。
「頑張ってくださいね」
行雲の背中に投げかけるようつぶやかれる言葉には親しみがこめられている。そして車に戻ると雄介は――
「このままでは戻れませんね」
行雲の戻りを待つこととなった。
屋敷のある街とはいえ自分の足で出歩くのは久しぶりな行雲にとって、行き交う人々の中に混じるのは珍しいことだと言える。ほとんど連れられて行く場所では過能院であることが知られている。すると取り入ろう、利用しようと欲に染まった人間がほとんどとなる。今は単にただの過能院行雲となるって景色に溶け込める。
「少しは気分転換になるな」
気を抜くかのようにすこし歩くとオープンカフェに入り、コーヒーを注文し通りに近い席に腰を下ろす。そこからは歩く人々を観察するかのように眺める。
携帯を片手に歩く者や列をつくっている数人、音楽を垂れ流すヘッドフォンをつける人、様々な人間が眼に映っていくが、それだけだった。周りの席にも埋まり、話声が自然と耳に入る。
「不幸を呼ぶ女って聞いたことあるかー」
「なんだそりゃ」
「ああ、どっかかのホームレスの話だろ、なんでも眼にしただけで交通事故にあうとか」
「俺の聞いた話だとそいつが殺してるって聞くけどな、どうせくだらないうわさだろ」
「いやさ、実際見たって奴がこの前階段から落ちて大けがしたってよ、二つ隣の町にいるってだとさ」
「まじ――」
笑いを混ぜた単なるうわさ話をネタに軽く盛り上がっている四人グループのテーブルが騒がしい声が響いている。
「そんでさ――」
テーブルを壊れんばかりに叩く音によってどのテーブルも静まりかえった。音の先に集中する目線は、立ち上がっているブロンドの髪にスーツの男を捉えることとなる。
「なんだーあいつ」
四人グループの一人が呟きながら向いていた顔を戻すが、他の三人は向きが戻らないばかりか目線が徐々に上に向かっていた。
「どうし――」
振り向いた眼の前には、凄むように過能院行雲の顔が鋭い眼で見ていた。今すぐ誰かを殺しに行くような迫力は、そこいらの高校生を黙らせるには十分だった。
「今の話は本当か」
「は……は、はい? えとな、なんの、ことですか」
目線は行雲の眼から逸らすことはできず、緊張からかうまく呂律が回っていない。いきなりのことで思考も追いつかない。
「さっきのうわさ話のことだ」
「えと、その、ただのうわさ話で」
「……そうか」
振り返って歩きだす行雲は集まる視線など気にせず移動する。話かけていたグールプの一人が冷や汗をかきながら
「今の、なに?」
その疑問に答えられる者は誰もおらず、空気は死んだままその日は解散となってしまった。
行雲は自分の足で屋敷へ戻ると早急にうわさを調べ出した。