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「どうするんだ、貝瀬」
屋敷の中、鈴木は息を切らして走ってくる。
「坊ちゃまが大怪我を! しかも薄汚いホームレスと生活すると言っいている! どうするんだ!!」
連絡を受けて慌てふためく鈴木、貝瀬に当たるように声を張りあげる。
「そこまで大事ではありませんよ。それにこうなってしまっては仕方ありません」
「しかし、ホームレスだぞ。社会のゴミだ」
「そんなことを大声で、人格が疑われますよ」
冷やかな目で見つめられた鈴木は口を噤んだ。
「それでどうする?」
「どうすることもできません。行雲様がお決めになったことを曲げることは難しいですよ」
この前のやり取りを思い出してか、鈴木は項垂れてしまう。いつもどおりに背筋が真っ直ぐ張られている貝瀬からバイブレーション特有の音が聞こえてきた。すぐさま携帯電話を取り出し、送られてきていたメールを開く。
「やっと調べ終わりましたか。ではわたくしは仕事がありますので」
携帯電話をしまうと、鈴木に踵を返し廊下を進んでいく。そのまま角を曲がり進んでいった先の扉をあける。
そこにはパソコンやプリンターに囲まれた部屋で椅子に男が座っている。
「これが調査資料です」
男はすぐさま立ち上がり、机の脇に置かれた資料を貝瀬に手渡す。
「御苦労さま」
そういって受け取って資料をその場で読んでいく。資料の表紙には『不関 幸に関する報告書』そうはっきりとプリントされていた。過能院家の息のかかっているもの以外の情報は表面を撫でる程度のみ調べさせてはいなかったのだ。しかし不関のデータは撫でるだけではなにも出てはこなかった。
そこで詳しい調査を開始していたのだ。
「……これは」
数枚にまとめられた資料を読み終えると、ため息をついていた。
「まさに、行雲様と真逆ね。こんな経歴だとは」
人事も任されているメイド長は、毎年何十、何百といった履歴書を読み、人物の調査を行わせている。そのメイド長が驚きを隠せない様子を見た男が口を開いていた。
「いったいどんな人物なのですか?」
また資料を読み直す目は文字から離れてはしない。
「そうね、不幸といえばいいのか。真逆の人間が一緒にいたらどう行動するか予想できないわね」




