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「……」
「驚いたでしょう。行雲様はめったに怪我もしないのでね」
フセキは変態を見るかのような目つきで行雲を見ている。見返してくる行雲の目が、なんだその眼はとものがたっていた。
「ともかくこれで決定だな。お前のうわさは本物だった。これからは一緒に居てもらうぞ」
「何を言っているの?」
「俺と一緒に暮らしてもらう」
「……」
雄介の方を見て行雲を指さし、こいつ本気なの? と言いたいように驚きと呆れの表情をしている。
「残念ながら、本気なのです。行雲様は決めたことをほとんど実行してしまう人ですから」
両手を上げてやれやれといったように首を振る雄介は、嘘や冗談ではなく本気で困ったと言っていた。
「あれで懲りないの?」
「懲りるも何もこれが目的だ」
必死に言うがまったく反応なく逆に上機嫌のようにも伺える。
「それはそうと、旦那様からお電話ですよ」
「またか、では行ってくる」
行雲は電話を受けるためにロビーへと向かっていく。そして個室には雄介とフセキの二人となった。行雲が確実にこの階から居なくなったのを確認すると雄介は――
「はー、まさかうわさがほんとだったとはな」
いきなりスーツのネクタイを緩め、さっきまで行雲の座っていた椅子に腰をかけた。
「それがあなたの素?」
驚きもせずに平然とするフセキに面白くなさそうに雄介が顔を向けた。
「なんでだよ、いつも素に戻った瞬間おもしろい反応が見られるのによ。つまんねー女だ」
「そう。嘘をつく人間には慣れているから」
どうでも良さそうに窓の外を眺めている。ずいぶん大きな病院なのか他の病棟がある。
「まあでもまさか行雲様が怪我をするとは、お前本物の疫病神みたいだな、女神じゃ勝てないらしい」
「この後私はどうなるの? あの人、お偉いさんなんでしょ」
行雲に大けがをさせたのだ。ただでは済まないという覚悟はあった。というよりも毎日覚悟していることなのか焦りもなにも表しはしない。
「そうだな。とりあえず死んどくか?」
そういうとフセキの首を絞めるかのように伸びた片手に力を込める。フセキは何の抵抗もなく受け入れていた。するとすぐに手は首から離れる。
「はーほんとつまらない。この後は行雲様がいった通りだ。独り立ちの手助けもとい、監視、護衛とやってもらわなくちゃいけないが、厄病神じゃなー。でも行雲様は考えを曲げないし」
「げほ、忠誠心は本物なの?」
せき込みながらの皮肉は、雄介の逆鱗にでも触れたかのように鋭い視線を飛ばしていた。
「あんま調子にのるなよ、お前なんて――」
その瞬間ドアが開き行雲が帰ってきた。いつの間にか立ち上がりネクタイもしっかりと締め、ほほ笑みを浮かべる。
「お早いですね」
「ああ、また同じことだからな」
変わり身の速さに驚きよりも呆れの方が強かった。行雲のような今まで会ったことのないタイプによってフセキのペースは終始乱れていた。
「ああ、お前には新しい戸籍を用意する。明日退院だ。名前をまだ聞いてなかったな、なんという?」
もう呆れることも驚くことも疲れたのか、フセキは大人しく話を聞きながら夕焼けの光を浴びていた。
「……不関 幸よ」




