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 薄暗い裏路地、通常の世間からはみ出した者たちが自然と集まる太陽の光があまり入らない路地、小柄な女が一人歩いている。


「おい、あいつがきたぞ」


 その通りに座っていた、汚れた格好をしている男達が恐怖や畏怖の念を浮かべてそそくさ移動を始めた。


 その女は服とは呼べない布を身にまとい顔までも隠している。靴のない足で向かう方向には目的がなく、ただ裏路地を徘徊するだけだった。


 人は落ち込んでいるとき、絶望を感じているとき口は開き、眼には光がない。そんな状態でない女は自分の境遇に絶望はしていないようだ。そして目指している方向を見るでもなく、ただ空を眺めるか、ただ歩くのみだ。


 空は雲が覆う、黒い雲が電気を含み音立てている。やがて雨が降るだろう。しかし気にせずに黙々と歩くのみだ。


 水滴は地面に強く打ちつけられ、大きな音を立て出した。雨が降り出した中、路地の先には交差した他の通りがあった。すると一台の車が道を阻むかのように停車した。


 女はそんなものを気にせず、物乞いをしようとすることもなくただ進んだ。車まで数メートルというときにとつぜん車のドアが開く、中からはスーツを着た身なりの良い男が姿を現した。ブロンドの髪の下には整えられた顔立ち。女を見つめる緑色の瞳からは強い意志を宿した光があった。一目見ただけで威圧のような強い意志があることを緑の眼が物語る。


「お前か? フセキというのは」


 男の最初に発した言葉はそれだけだった。突然に見えるできごとの中で、女はゆっくりと言葉を返す。


「そうだけど、何か用?」


 女の表情も口の動きも覆われた布によって読めない。布は顔に吸いつき、眼だけはしっかりと覗かせる。男を真っ直ぐに捉えている眼だ。


「俺は過能院(かのういん) 行雲(こううん)だ。一緒に来てもらうぞ」

「……拒否権は?」

「そんなものはない。雄介」

「はい、はい」


 行雲の声とともにいつの間にか現れたていた雄介と呼ばれる男は、困ったように笑うがフセキに向かっていく。行雲と雄介によって左右をつかまれ、車へと押し込められた。


「え?」


 瞬く間に車の中に押し込められたフセキは茫然としながらも、後部座席のとなりに座る行雲を見る。雄介は染みついた動作のように運転席でエンジンをかけ、車を動かし始めた。


「……私に何か恨みでも?」


 フセキが身にまとっている汚い布は濡れてもいるため、車のシートを容赦なく汚している。そんなことも気にしない強引さで押し込められた車の中、響いた声は感情の乗っていない無機質なものだった。


「お前は恨みを買うようなことをしたのか?」


 行雲が面と向かって放った言葉にフセキは微かに体を震わせた。手の平には力が入り、握り拳が布をつかんでいる。


「そんなこと一度だってない」


 先ほどの無機質なものとは違い、絞り出すかのように発せられた。


「ならそんなことを聞くな」

「……なんの用なの?」


 一時見せた感情は影を潜め、静かな声はエンジンの駆動音と雨音の中に溶けていく。


「用があるのはお前自身だ。お前がこの地域で不幸を呼ぶ者などと呼ばれているからわざわざ会いに来たのだ」


「くだらない。……帰らせてもらうわ」


 行雲はそんな言葉には動じず、瞳はずっとフセキを捉えたまま動かない。


「そういうわけにはいかない。確かめてからだ」

「そう、なら勝手に確かめればいい、私は勝手に帰る」


 そういうとすぐさま車のドアを押しあける。空いたドアの隙間に体を滑りこませ、落ちるように車から外へ出た。走行中の車から突然外へでたことで、車と同じ速度を保っていた身体はまるで置いてきぼりをくらうように。一瞬だけ空中に留まり、すぐさま速度を失っていく。速度は身体が地面にぶつかり、転がることで衝撃へと姿を変える。速度が零になるまでに死に絶えているかもしれない。


 フセキはそんなことを考えてはいなかった。激痛や死への恐怖はなく、ただ眼を閉じ、身体の力を抜いていた。最初は体を圧迫するような感触、地面との衝突、滑るように地面を転がる。

 頬に生温かい液体が伝い雨に混じる。体は道端でやっと止まった。周りには人が何事かと顔を向けている。


 ――また死んでないのね。


 フセキには大きな外傷は見当たらないものの衝撃は身体の中に痛みを与える。身体の動かそうにも鈍い痛みと何かが纏わりついていてうまく言うことを聞かない。状況確認のために薄く開らかれた眼に映っているのは、数センチほどの距離にある赤の混じったブロンドの髪だった。


 行雲は眠っているかのようにじっとしている。フセキを覆っていた布は剥がれ、漆黒の髪と真黒な瞳。ドロで汚れた幼さの残る顔を歪めて涙が溜めていた。


「うぅあ……うして、どうしてなの、あなたがなんで、なんでいつも、ただ巻き込みたくないだけなのに」


 嗚咽をもらし、鈍い動きで手を伸ばしていく、痛みを無視して震える手が。しかし、その手は顔に届く前に力が抜け重力で落とされる。開いていた眼はゆっくりと閉じていく。やがて意識は遠のいていった。


 ――どうして、いつもこんな……

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