私が頑張って生き残ろうとしたら新宿に新居が建った
私は頑張って生き残る! の続編。
これ単独でも読めるようにしてあるため冒頭部は前作と重複してます。が、前作読んだ方が分かり易いです。たぶん。
あたしこと、鏑木夕貴は本日、人生最悪の日を迎えた。
今日、あたしは新宿に遊びに来ていた。
待ち合わせていた友人は、一時間待っても来ない上に寝坊してドタキャンしやがり、仕方なくそこらの店を只管冷やかして歩き回り、疲れたあたしがそろそろ帰ろうと思ったその時、異変が起こった。
青く晴れ渡った空にぽっかりと真っ黒な穴が空いたのだ。
あたしが唖然とその穴を見ていると、そこから光の粒子やら闇の塊やらが噴き出して穴は消えたんだけど、その後が大変だった。
穴から出てきた異形の姿をしたものたち――魔族というらしい――が暴れて、建物は崩壊するわ人は惨殺するわで新宿は一気に地獄と化した。
あたしも犬もどきの魔族に追いかけられ、死ぬ気で逃げて逃げて逃げまくって、でも結局は追いつかれて食べられる、という所であいつに助けられた。
そいつは魔王と呼ばれる存在。
漆黒の髪に紫眼を持つイケメンなのだが、完全に頭が逝ってる残念なイケメンであった。
「ふわりと舞った真っ赤な下衣――というか血に染まったただのプリーツのミニスカ――。その中に見えた余の瞳と同じ紫の下着を見てドキッとしたのだ。うむ、今思い出しても眼福な光景であったな。何より余の瞳と同じ色なのだぞ? これは運命なのだ」
と、横でアホな事をほざいているので、とりあえず魔王はぶん殴っておく。
つまりはこういう事だ。
あたしがこけた時に偶然傍にいた魔王がたまたま目撃したのだ。
あたしのパンチラを。
それで一目惚れした、とほざいている。
何だそれ! 馬鹿か? 馬鹿なのか?!
本当にいろんな意味で残念な男である。
命が助かったのは嬉しいが、そんな理由で変態に好かれるのはマジ勘弁したい。
というか、止めて!! 虚しいから!!
すると、いつの間にかあたしの隣まで戻ってきていた魔王がこちらの顔を覗き込んできた。
「何故殴る? そなたへの愛を語っているというに」
「というか、今それどころじゃないじゃん! 何よこれ!!」
魔王と出会った人生最悪の瞬間を思い出し、現実逃避していたあたしは視界に広がる景色に思わず横の魔王に抱きついた。
「こ、怖っ!!」
「おお、初めてそなたから抱きついてくれた! ついに余の愛が届いたか!」
「違うわボケェ!! 風が強くて落ちそうで怖いのよ!!」
馬鹿なことをほざく魔王をどつきつつ、しかしその手は離さない。本来なら全力で逃走するのだが、今現在置かれているあたしの状況ではそれは難しかった。
というか、無理。怖っ!
何故なら、あたしは今、都庁の屋上にいる。ボロボロで今にも崩れそうな都庁の。
澄み渡った青い空の下、手摺りもなく、ボロボロで不安定な足場の上に立っているあたしの耳元で、強い風がビュウゥゥと甲高い音を奏でている。
そもそも、あたしはただ家に帰ろうとしたはずなのに、どうしてこうなるの?!
時間を少し遡る。
魔王のあの馬鹿発言のせいで、恐怖心が何処かに逃亡し、緊張感のなくなったあたしは肉体的にも精神的にも疲れ切っていた。
だから、目の前でにこにことこちらを眺める自称魔王の男も、あたしの横で伏せをしながら大きな舌でべろんべろん顔やら身体やらを舐めまくってくる犬もどきも無視して踵を返した。
だが、あたしが一歩を踏み出すよりも早く右腕を犬もどきに銜えられ、左手を魔王の大きな手が掴んだ。
「何処へ行く?」
「あ゛あ゛?」
まるで不良がガンつけて絡むような態度だが、変態にはこの位強気でも構わないだろう。思い切り魔王にガンを飛ばす。
だが、変態は強かった。
何故か顔を赤らめた変態は、しかし嬉しそうにはにかむと掴んでいたあたしの手の甲をぺろりと舐める。
「そんなに熱く見つめるとは……そなたも同じ気持ちなのだな」
「はっ?! どこをどうすればそんな誤解が出来るのよ!! あんた馬鹿?!」
感激したように、何処かうっとりと呟く魔王にぎょっとしてあたしは怒鳴る。
そんな恐ろしい誤解をするな!!
流石は頭が逝ってるだけある。
こいつは危険だ。こういう手合いとは関わらないに限る。
早々に立ち去ろうと掴まれている手を抜き取って去ろうとするが、右腕を銜えている犬もどきの牙が恐ろしくて強引に腕を取り戻せない。
そうして躊躇している内に、いつの間にか目の前に立っていた魔王に顎を掬われた。
「照れずともよい」
「照れてない!! あんた頭悪いんじゃないの!!」
「ふふっ、そんな事を言われたのは初めてだな。……して、そなたは何処へ行きたいのだ?」
罵られているのに嬉しそうに笑った魔王は優しい表情で尋ねてくる。
本来、悪とされ、人間の敵として扱われる魔王の思い掛けない表情にあたしは言葉に詰まってしまった。
至近距離にあるその瞳を見ていられず、目を逸らす。
「疲れたから、家に帰るのよ」
「家?」
「そうよ」
「それは何処にある?」
「何処って……」
あたしン家って今いる所から具体的にどこにあるんだっけ?
あたしは真面目に考えてからはたと気付く。
「何でそんなこと聞くのよ?」
じとっと半眼で睨むと魔王はきょとんとした顔で当然のように言った。
「余も共に行ける場所か確認する必要がある。どちらだ? 此処からどれほど離れている?」
「ついて来る気?! 止めてよ!! あたしは一人で帰るの!!」
「どこだ?」
あたしの声なんて聞こえないとでも言うように疑問だけを繰り返す。
しかも、
なんか顔近くない?! つか、近づいてくんな!!
答えないあたしに焦れたのか、あるいは脅しているのか魔王の顔がどんどん近寄って来る。
耐え切れず半泣きになったあたしは、片手で魔王の顔をぐいぐいと押しながら家があるだろう方向を指差した。
「ひぎああぁぁぁーーー!! あ、あっち!!」
「此処からどれほど離れている?」
「え? さぁ? ……て、ぎぇっ! 答えるって! た、たぶん10km? あ、やっぱ50kmくらい離れてるかも……?」
あたしが分からずに首を傾げると、魔王が再び顔を寄せてきたので慌てて答えた。
だがよくよく考えてみても新宿から自宅までどの位離れているか分からず、視線を左右に泳がせていると、ずいっと魔王の顔が近づいて鼻と鼻が接触する。
「どっちだ?」
「ぎゃぁっ!! 50!! 50km以上!!」
あまりの近さに悲鳴を上げたあたしは、遠い方が嬉しいという理由で適当に叫んだ。
すると魔王は残念そうなを顔して離れた。
「ふむ。境界の外だな」
「は? 境界?」
「うむ。それでは余は共に行けぬ」
「そうなの?」
顔を顰めて呟かれた魔王の言葉に喰らいついたあたしは即座に聞き返した。
すると魔王はむっと眉を寄せてあたしの顔を両手で包み込む。
「余と離れてしまうというにそなたは何故もそう嬉しげなのだ?」
あたしの顔が喜びでにやついていたらしい。不満げな顔をした魔王は両手に力を込めるとあたしの頬をぐっと押した。あたしの頬が鼻に寄り、口がアヒルの嘴の様に上下に割れる。
「ぎげぇーーー!! おひょめにらんれはおさへぇりゅにょよーー!!」
「ぶっ! なんて顔だっ!」
「むきぃーーーーーーーー!!!!!!!」
誰のせいだ!! と笑っている魔王を睨みつけると、逆に半眼で睨まれた。
「そなたのせいであろ? 余と離れるというに喜ぶなどありえぬ」
そんなこと知るか!! と内心で喚くもそれを口に出す勇気はなかった。
しかし、魔王の言葉を肯定出来るはずもなく、あたしはむっつりと黙り込む。
すると、魔王はきょとんとあたしを眺めてから、ああと頷いた。
「そうか。疲れておるのだな。だから家で休みたかったのか」
「……まぁ、そうね」
あんたたちのせいだがな! と内心で叫びながらもあたしが頷くと、何を思ったのかいきなり魔王がきょろきょろと辺りを見回し始めた。
「あそこでよいか」
一つの建物――都庁を見た魔王はそう呟くとぎゅっとあたしのことを抱き上げた。
「な、なに?」
突然のことに驚いたあたしがぎょっとして自分の状況を見下ろすと、魔王が低く呟く。
「目と口を閉じていろ」
「はっ?」
「行くぞ」
魔王の言葉についていけず、彼を見上げるとふっと微笑みかけられる。その優しい笑顔に思わず見惚れていると、ゆっくりと屈みこんだ彼が軽く地面を蹴った。
ドゴッ
コンクリートの地面に亀裂が入り、地面が凹っと凹んだ。
「ひっ!!」
まるでミサイルにでもなったかのように超高速で飛んだ魔王は、あたしを抱えたまま一旦都庁の上空辺りで止まると、そのまま自然落下していく。
内臓が押し上げられる感覚にあたしは涙目になりながら悲鳴を上げた。
「ィいぎゃがあぁぁーーー!!!!!」
その高さと落下の恐怖にぎゅっと目を瞑る。
だが、恐れていた衝撃があたしを襲う事はなかった。
「着いたぞ」
そう言われて恐る恐る目を開けると、あたしは魔王と共に都庁の屋上に立っていた。
思い返してみてもよく分からない。
なにがどうしてこうなった?!!
あたしは魔王の服をぎゅっと掴みながら、遠い目をして青い空を眺める。
と。
ガラガラガラッ ドゴォーンッ
大きな音が響いた。
建物の何処かの壁がまた崩れたらしい。その音にビビッた私は、更にガシッと魔王に張り付いた。
「怖いぃーーー!!」
魔王はあたしの言葉にきょとんと首を傾げる。
「余がいるのに何が怖いのだ?」
「高いから怖いの! 落ちたら即死よ!! 分かるでしょ?!」
「分からぬ。余がいるのだ。そなたが死ぬはずなかろう?」
あんたの思考の方が分かんねぇよ!! と内心で突っ込んだ。
そもそもあたしの中で魔王=変態=危険と結びついている男を、あたしが頼りにすると思うのか?
あ゛?
というか、脳みそが沸いてる人間――正確には魔族だが――の相手は疲れる。
それでも真面目に返事をしてしまうあたしもどうかしているが。
「その根拠があたしには理解出来ないって言ってるでしょ!!」
「余が護っている、それが根拠だ」
「そんなん分かるかアホ!!」
あたしがいくら喚き叫んでも、魔王にはその言葉は届かない。明らかに分かっていない。
だって、魔王は思いっきり眉を寄せて首を傾げている。
「ふむ。よく分からぬが、落ちそうなのが怖いのだな?」
これだけ言っても分からないのか……あっさりと魔王に肯定されたあたしは、思わず脱力してしまい、言葉を返す気力を失った。
ただ無言でこくりと頷く。
「ならば落ちそうにならなければいいのだな」
そう呟くと、魔王は片手であたしの腰を支えると、もう片方の手を上に掲げて呟いた。
「其は我が大地。なれば余の思うまま在れ。……城たれ」
魔王の一言で都庁も含む周囲の建物が一瞬で分解され、次の一言で黒い粒子となり、最後の一言で黒い粒子が急速に収束した。
視界が黒で塗りつぶされたと思ったら、すぐに青い空が見える。
あたしたちは見知らぬ黒い建物のバルコニーに立っていた。
「は? な、なに? どうなってるの?!」
訳が分からず、思わず魔王の胸倉を掴んで詰め寄る。
「余の力を以ってすれば容易い事だ」
ふっと笑う魔王。
しかも、やつはこう続けたのだ。
「どうだ? 余とそなたの新居だ。嬉しいだろう?」
……。
すぅ。
新居じゃねぇーよ! 嬉しくねぇーよ!
つか、帰せよ! 離せよ!
そもそもなにパンチラぐらいで惚れてんだよ!
つかさ、それあたしに惚れたんじゃないよね?!
どっちかっていうとパンツにだよね?!
その状況に惚れただけだよね?!
今時小学生だってパンチラ如きで惚れたりしねぇーよ!!
魔王のくせにどんだけ単純心なんだよ!!
ぜぇ、はぁ、ぜぇ、はぁ。
溜まっていた不満=突っ込みが炸裂した。……内心で。
あり得ない能力を披露されてあたしは引いた。はっきり言ってドン引きだ。
本物だった。こいつ本物の魔王だった。
一気に反抗する気力を刈り取られたあたしは、今更ながらなことを実感を込めて呟く。
「なんつーか、あんた、人外なのね」
「? 魔族だと言ったであろう?」
「そんな実感あるわけないでしょ? 見た目ほとんど人間と変わんないじゃない。まぁ、話はまったく通じなかったけど……」
最後はぼそぼそと小さく消えた。
よく考えてみれば、あたしも話が通じないと思って魔王の話を全く聞いてなかった気がする。
思い出すと色々と気になる言葉が落ちていた、気がする。
そんなあたしの様子に気付かないのか、魔王はきょとんと問い返した。
「だが、初めて会った際にディワンコルティーを止めただろう?」
「ディ……? ワンコ??」
「そなたを食べようとしていた魔族だ」
「ああ、犬もどきね……」
あたしは思わず遠い目になる。
そう言えばそうだった。というか、あの惨劇の中を平然とのんびり歩いている時点で気付くべきだろう。
「ディワンコルティーを唯人が止められるはずもなかろう」
「いや、そんなの知らないし。見た目でっかい犬だから飼い主かなぁって……」
まぁ、それでも人間を嬉々として惨殺する犬もどきだけど。
……。
うん。
あんな極限の中にいたせいか、あたしもおかしくなっているのかもしれない。
「疲れた」
何かどっと疲れが襲ってきた。
立ってるのもしんどくなって、思わずズルズルとへたり込む。
「そうか」
思いの外優しく響いた声に上を見上げると、魔王があたしを抱え上げた。
わお。お姫様抱っこ。
突っ込みどころだが、今のあたしにはその元気はない。
こんなやつの腕の中でなんか寝たくない。
でも、もう、瞼が重い。身体も重くて正直動きたくない。
それでも懸命に瞼を上げようとしていると、
「ゆっくり休め」
優しい声が再び響き、あたしはそれに従うように目を閉じた。
なんだかふわふわと気持ち良い。
目を閉じたまま思わず微笑んだあたしの意識はそのまま闇に溶けていった。
はーい、2作目。
魔王様の俺様っぷり?発揮!
ちなみに夕貴は友人から変人と呼ばれる類の人種です(笑)
まぁ、自分では普通だと思っていますが。
ちなみにこのシリーズ。
まだ書く気満々です。
次は恐らく魔王様視点が来ます。はい。
夕貴から見ると魔王様はただの変態馬鹿ですが、そんなことない所を見せられると思います。
お楽しみに~