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✾フェアリーテイル✾

世界で一番美しいのは誰?

作者: 玻璃花 
掲載日:2026/10/04


「ねぇ、あの子…また、鏡と話してるの?」

「ほんとに変な子ねぇ」

 背後からひそひそ話が聞こえた。

 振り返ると扉の隙間からちらりと覗く茶色の瞳たちと目が合う。彼女らは再度私に嘲笑うような視線を向けて扉を離れた。


 ほうっとため息を付く。

(お義姉さまたちから嫌われていることはもうとっくに知っているわ。)

 

 茶色の瞳の少女たちは私の義理母の娘。

 つまり、義姉だ。

 5年前にお母様が亡くなってやって来たお義母さまは美しさに対して執着が強くて―私の容姿をたいそう嫌っていた。

 なんせ私は妖精姫と歌われたお母様、ローラ・ブライア譲りの見事な金髪に熟れた柘榴が如き真紅の瞳をしていた。

 だから端的にいうと私は美少女だ。


 元娼婦の出で伯爵家の後妻にまでのその身一つでぼり詰めたお義母さま。

 だから余計私が赦せなかったのだろう。

 お義母さまが私を冷遇するようになったら次はお義姉さまが私を虐めだし、お父さまは存命だけど美人とお金にしか興味のない仕事主義者だから状況は悪くなる一方。

 でも、お金はお父さまの稼ぎがたんまりあるから使用人の仕事をさせられることはない。

 まあ朝昼夜のご飯が冷めていることはしょっちゅうだが…。


 今、私がいるここは屋敷の2階。

 古くホコリまみれの家具が詰め込まれている普通の物置である。

 だが、私にとっては特別だ。

 何故ならばここは―、

―唯一無二の友人と密会をする場なのだから。


 私はおもむろに立ち上がり歩みを進めた。

 その視線は一点に注がれている。


「虐め?いびり?それが何? 私は平気よ。そんなのぜ~んぶ些細なことなのよ、だって私には貴方がいるもの」 


 この世の誰に己を貶されだって構わないし、例え褒められたってちっとも嬉しくない。

 ―そう、貴方以外なら。


「ねぇ――鏡さん!」

 静かな部屋の中に私の声が響く。

 スッと壁の近くで歩みを止めた。

 

 そこにあるのは―、古ぼけた大人の身長ほどある大きな鏡。

 深呼吸をした私はその傷ひとつない恐ろしいほど透き通った表面を優しくなぞり、チュッと口づけをした。

 ―そう、これが友人との挨拶である。

 

✾✾✾


 それはお義姉さまに虐められて物置に閉じ込められた寒い晩のこと。


「ねぇ、誰か! ねぇいるんでしょっ!出して、出してったらぁ!」

 叫んでも叫んでも返事なんかこないし誰も助けてくれない。

 物置には灯りがなく入ってくるのは小さな窓から差し込む月明かりだけ。

 恐怖に視界も心も支配された。

 なんで私だけこんな目に合うの。

 なんで…。


(私が醜ければ、美しくなければ全て解決する?)

―ふと私の脳裏にはそんな物騒な考えがよぎった。

 無意識のうちに物置の中で一番鋭いものを探し始めた。

 月明かりが照らした脚が片方折れた小さな机の引き出しを開けた。

 するとすぐそれは見つかった。


 キラリと光る刃。

(これで、…これでこの薔薇色の頬に傷を付けさえすれば私は美しくなくなれる?醜くなれる?)

 うつむいていた顔を上げた。


(なら、躊躇う必要もない)

 鋏の刃を己に突き立て、頬にその刃を走らせようとした、その時――、


「いけませんよ、サンドリヨン・ブライア。世界で一番美しいその顔に傷をつけるなんて」


「は?」

 声がしたのは背後。

 だ、誰?

 ギギギと音がしそうなほど恐る恐る振り返るが―誰もいない。

 あるのは月の光を淡く反射した大きな鏡だけ。

 これって、もしかして―!?


「キャーー、おばけ〜!」

「わたしはここにおります、おばけなどではございま―」

「キャー、かかかかっ鏡が喋ったわ!」

「…正確には、サンドリヨン。貴女が魔法の鏡の声を聞くことができているのですよ」


 鏡が意思を持ち話す。―それだけでも世紀の大発見であるのだが実際に喋り出す鏡を前にして私は言葉をひとつも出せないでいた。

 これではどちらが人でどちらが鏡か、というところである。


「わたしは魔法の鏡。1代目ブライア伯爵の奥方、またの名を玻璃の魔女が創ったブライア伯爵家に代々伝わる秘宝です」

「…秘宝が秘宝って言っちゃうの? というか『玻璃の魔女』って?」

  

 私が全くわかっていないのを感じ取ってくれたのだろう。

 鏡は事細かに説明してくれた。

 鏡―彼曰く、玻璃の魔女は私のお母さまの曾お祖母さまぐらいの人で、私が魔法の鏡と話せるのは玻璃の魔女直系の血を引くブライア伯爵家の令嬢だかららしい。

 お母様はブライア伯爵家のひとり娘でお父さまは入婿である。

 そのためブライア伯爵家の血を引く者はもう私以外にはいない。


「じゃあ、もしかして 私以外には貴方の声は聞こえてないの?」

「そういうことです。私はただ貴女だけのものです」

「そう…。私、貴方のこと気に入ったわ。か、鏡さん って呼んでもいい?」

「お好きな呼び方で構いませんよ。 我が主、サンドリヨン」


 気軽に話せる存在なんていたことがなかった私にとって初めての友人である彼。

 その存在は安らぎであり救いであり希望だった。

 それからはいろんな事を話した。

 お義母さまからのいびりやお義姉さまに虐められたこと、それに対してちょっとしたイタズラをして気を晴らしたこと、お父さまからお茶会に行くためのドレスを買ってもらったこと。

 月日はあっという間に過ぎた。


「とうとう、貴女も淑女の仲間入りですね」


 物置の小さな窓の外から春の温かな日差しが降り注ぎ、小鳥さえずりが聞こえた。

 気持ちの良い天気だ。


「そうね、でも不安だわ。だから、いつものようにひとつ聞いてもいい、鏡さん?」

「なんなりと」

「いくわよ。鏡よ、鏡――」


 今日は人生初の〔薔薇の茶会〕。

 それは王城で各家の16から25歳まで令嬢を集めてその健やかなる成長を祝うために王妃様主催のもと3年ほど前から開かれている大きなお茶会のことだ。

 淑女として16年間磨いてきた作法をみせる場である。

 お化粧も厚すぎず薄すぎない程度にした。髪型もドレスの着付けも鏡の前で確認済みだ。

 体調も3週間前から気をつけていたため万全。

 あとは最後のおまじないだけ。


「―世界で一番美しいのは誰?」

「貴女様でございます、サンドリヨン・ブライア様。真実の魔法の鏡である私が保証いたします」

「ふふ、ごめんなさいね。こんな茶番に突き合わせてしまって…」

 私は軽く笑う。

 表情なんてないが心なしか鏡さんも笑っているように見える。


(ふふっ、気の所為かしらね?)


 これは私と鏡さんの、ふたりだけの特別なおまじない。

 自信をつけるためのおまじないだ。


「では、わたしからも差し出がましくはございますがひとつよろしいでしょうか?」

「あら、珍しい何かしら」

「貴女は大変お美しいですが、それが――」

「それが?」

 続きを鏡を見つめて促す。


「それが貴女の身を不幸へと送る切符にもなりえることをゆめゆめ忘れないでください……もっとも、その果てにこそ、貴女は本当の『主』へと至るのでしょうが」

「……え?」

 最後の方がよく聞き取れず、私は思わず目を丸くした。


(まあ、いいわ)

「あら、鏡さん考え過ぎよ〜!」

 聞こえなかった部分を気に留めることもなく、私は口角を上げて軽く笑う。


 いくら私が美女だからと言ってもそれを使って誰かとどうにかなろうとかどうにかしようとか考えてはいない。


「私は麗しの貴公子だとかどこかの王様とか花嫁になりたいとかいう高望みする気はないわ。ただ私のことが好きで私が好きだと思える人と結婚したい、それだけなのよ」

「…そうですか」


 その後、鏡さんは他には何も言わなかった。  

 私は微かに嫌な予感がした。

 しかし気には止めなかった。

 自分がしっかりしていれば高望みしなければ気をつけていれば何も起こらないと高を括っていたのだ。

 だが、――それが仇となった。



「おお、これはこれはお美しいお嬢さんだ! よし、おまえ 第十六代イーディア国王 ニコラス・バル・イーディアの妻になれ!」 

 

 淑女の茶会にふさわしくない低い男性の声がした。

 声のした方を見ると豪華な紅のマントをした白いヒゲの老齢の男性。

 次の瞬間、バチリと目が合った。

(え、わ…私?)


「あら、ニコラス陛下。今回もいらしてくださったのですね。隣国より遥々お越しいただき光栄ですわ、お疲れではございません?」

「おぉ、これはこれはジェノアの王妃、久しいな。これは余のための茶会だ、来るに決まっておる。だが余は今まさに運命的な出会いをしてな。おかげで疲れも何も吹き飛んだわい!」

「あらそれは良うございましたわ!」

 王妃様は中央の席を離れニコラス陛下―隣国の国王のもとに行き歓談を始めた。

 会話の内容は遠くて聞き取れそうになかった―はずが。隣国の国王は「伯爵令嬢だから愛妾ではなく正式に余の後添いの妃にしてやろう!」と突然私を指差した。

 

(なにこれどういう事!?愛妾?後添い?

なんで令嬢だけの茶会に隣国の国王陛下がいるの?というか求婚!?)

 困惑で片手はティーカップを持ったままになっていたので一先ずその手を下ろした。

 すると王妃が私を品定めするように見つめていた。

(ヒィッ! なによ!?)


 状況が飲み込めていない私を他所に今回のお茶会の主催者である王妃は笑みを浮かべて隣国の国王に再度話しかけた。

「これで借りは返しましたよ、全く4年もかかるなんてニコラス陛下も目が肥えていらっしゃるわ」

「ああ、彼女をくれるならそちらの王の過失は水に流してやろう」

「まあっ、ありがとうございます」 

 それは取り引きのような話し方だった。


(もしかして私―)

 体温が下がるのがわかる。

 さっと血の気がひいた。


 安心したように隣国の国王に笑みを向けていたのもつかの間「そこの貴女、ブライア伯爵家の令嬢ね」と表情は変わらないが王妃は私に冷たく淡々とした言葉をかけてきた。


「は、はい」

 その視線に声が震えたがどうにか茶会の席から立ち上がった。

 令嬢たちの声がざわざわと広がる。

 王妃は私の体を頭のてっぺんからつま先までよくご覧になった後「此度の〔薔薇の茶会〕はここまでにいたしましょう」と抑揚のない声で皆に告げた。 


そして、

「ブライア伯爵令嬢、貴女だけは残ってなさい」


(イヤよ、イヤイヤイヤイヤイヤっ!

だって、これは―)


 そう私に告げる王妃の横には頬を赤らめニヤニヤしながらこちらを見つめる白髪の隣国の国王。

 本能が告げた、私は――国に売られたのだと。

 他の令嬢たちが足早に立ち去る。


 そして、その時は来る。


「貴女、ブライア・サンドリヨンにはこちらにいる隣国の国王ニコラス・バル・イーディア陛下と――結婚してもらいます」


「あ、…あぁ」

 絶望に視界が霞む。

 全身の力も抜けた。

 崩れ落ちるような、私の世界が壊されるような踏みにじられるような…私は地に立ってはいられなかった。

 バサリと髪が地に触れた。

 自慢の金髪が地に触れた。

 大好きだった、だが今はそれ以上に己の存在が憎く恨めしく映る。

 この瞳も髪も肌も何もかも己を構成する要素全てが私の大切なものを全て奪っていく。


(私が醜ければ全て解決する?)

―ふと私の脳裏にはあの時みたくそんな物騒な考えがよぎった。

 

 手元には銀に煌めく刃。

 先ほど茶会でケーキを食べるのに使用していたフォークが落ちていた。

 虚ろな瞳で手を伸ばそうとした、しかし―


「何をしておる? 只今よりおまえの身体は余のものである。傷ひとつつけてはならん!」

 怒りを含んだ大きな隣国の国王の声が上からして痛いほど勢いよく片手を掴まれた。

 それには人を心配する気持ちなど微塵も込められてはいないのだろう。

 彼は己の財産を守ろうとしているそれだけなのだ。

 つまり彼が欲しいのは私の―、


「あら、何をなさるおつもりですの? そこの衛兵!彼女を城へ。 

メイド!彼女を早く連れて風呂に入れて身なりを綺麗にして」

 パンパンと手をたたき王妃が指示し、力強い衛兵により手を押さえつけられそのまま大人しく拘束され城に運ばれた。

 抵抗する気なんて湧いてはこなかった。

 何故ならば私の人生には物語のように窮地から救い出してくれる白馬の王子様なんていない。

 ならばいっそ諦めたほうが気が楽だった。


 実家に使者が送られて城にお父さまが来て―話はトントン拍子に進んだ。

 

 上機嫌なお父さまが書類の一番下にサインした瞬間――、私はブライア伯爵家の居場所を永遠に失った。

 

 私の感情は諦めを通り越した。

 それは絶望である。


「サンドリヨンよ、大人しく余のもとに来い!」


 私を見つめる隣国の国王の目はねっちょりと甘く執着じみていて、もう逃げることはできないのだと私は悟った。

 けれど同時にこの美貌がなくなればこの人からも捨てられるのだろうと、そう私は悟った。


(でも、もう私には居場所はここしかない…)

 絶望のまま歩むしかなかった。

 偽の笑みを振る舞うしかなかった。

 そうしなければ――、

 私は誰からも必要とされなくなってしまうのだ。


「承知しました」

 感情なんてない機械のような声だと我ながら思うがもうそんな事どうでもいい。

 だってこの人はそんなこと気にも留めていない。

 見ているのは、美貌だけなのだ。


(だってほら―、)

「うむ、良い返事である!」

 隣国の国王は頬を先程よりも紅潮させ上ずった声で喜んでいる。

 彼は私の感情なんて一生知りもしないのだろう、否、知ろうともしないだろう。

(だって―私の本当は美貌ですべて隠れてしまったのだから)


 そうして、私は老王の妻となった。




「鏡よ、鏡―世界で一番美しいのは誰?」

「一番美しいのは――白雪姫でございます」


(あぁ…遂に)

 綺羅びやかな冠を被った女性が足を崩し、冠がカランと床に転がった。


「貴方も、私を選んでくれないの? ねぇ、なんで何故なの!?」

 

 彼女は呻く、全てを吐き出すように。

 

(この世の誰に己を貶されだって構わないし、例え褒められたってちっとも嬉しくない。

 ―そう、貴方以外なら。貴方以外なら)


「此の世で一番美しいのは私に決まっているじゃない!」

 地下室の壁に反響して響く。

 その声は酷く冷たく凍てつくように美しかった。


「憎い、憎い、憎い、憎い」

 地団駄を踏み金髪を一心不乱に振り乱す。

「白雪姫なんて、あんな王の子なんて」

 怒りに打ち震え、薔薇色の頬を林檎のように赤くした。

「ああ、そうだわ」

 ポンと手を打ち、顔を上げて、鏡に触れた。

「じゃあ、私が直々に殺してあげる。あの人みたいに、ね」

 自然と広角が上がる。

 女の瞳が鮮血のように光を帯びた。

 一筋の光が胸をよぎったのだ。



「ふふっ、ふふふふっ!」

 可笑しそうに壊れたように豪快に笑う女の横顔は純真だった少女の面影など露ほども残してはいなかった。


 ただ一つ皆の目に映る真実は美貌により狂わされたひとりの少女がいただけだ。

 そして、目の前にあるのはその少女の成れの果てが埃まみれの地下室に嬌笑を響かせる哀しい魔女であるという事実だけだ。


 

 

 

 鏡は何も言わない。

 ただ、その滑らかな硝子の表面の奥で、満足そうに、冷酷な沈黙を守っていた。


 あの日、物置で少女に鋏を握らせなかったのは、この美しい『魔女』を完成させるためか?

 すべては鏡の、玻璃の魔女の呪いの計画通りだったのか?


 真実を知るのは真実の魔法の鏡のみである。

 

最後まで、お読みくださりありがとうございます!宜しければ、評価や感想をいただけると幸いです✾

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