深夜のさんぽ
都会の夜は、街灯が眩しすぎていけない。
ごく自然に喋ることすらもままならない、こんな俺なんて、暗闇に溶け込んで、そのまま消えてしまえばいいのにって、そう思って外に出たのに、都会の外はあまりにも明るくて、まだ生きていて良いんだよって、都会の綺麗な綺麗な妖精さんたちが、そう言ってくれているような気がしてきて、なんとも居た堪れない気持ちになる。ーー肺。今日はずっと肺が疼いて、煙草の快楽を求めてくる。俺はあまりヘビースモーカーじゃないのに。メビウスを吸う。マルボロを買いたかったのに、職場のタバコ売り場にマルボロが無くて、仕方なく買ったメビウスを、仕方なく消費している。何のためにあるのか分からないような、ちっぽけな社会の慣習も、それを受け入れてこなすことすらもできない自分も、全部が嫌い。車の走る音。近付いてくると、恐怖を感じてしまった。その事実に驚く。まだ俺は、死ぬのが怖いのか。あれだけ死にたい死にたい言っといて、いざ少しでも死を実感すると、こんなにも怖いのか。大嘘つきじゃないか。俺は。結局ファッションで、死にたいアピールをしているだけなんだろ。なぁ。そうなんだろ。公園でひとり歩く。暗闇が怖い。まだ俺は暗闇が怖いのか。それとも、創作に希望を見出してしまった故に、死ぬことが怖くなってしまったか。やはりブレブレだ。俺の人生。合わないサイズのサンダルを履いているからか、足が擦れて痛い。死なない程度の痛みなら、嬉しい。死なない程度の罰なら、嬉しい。こんなちっぽけな人間なのか俺はと、改めて思う。どこまでも歩いていける気がした。死ななければ。俺はどこまでも歩いていける。死ななければ。ボケた老人のように公園をふらふらと歩いている俺を見て、あの向かいから歩いて来た幸せそうなカップルは、どう思うだろう。どうせ何も思ってないんだろうな。俺のことなんて、誰も認識しない。認識してくれない。俺が幸せになることは、生涯許されないのだ。そんなことは無いと、他人は言うだろう。だが、その保証はどこにある?幸せになれない保証もないかもしれないが、幸せになる保証もないなら、俺はどうしても、幸せになる保証がないという方を、信じてしまう。だから俺はいつも最悪なんだ。いつも最悪な気分で、こうやってまた、俺はーー
今書いているこの文章も、ぶっ壊してやりたい。ぶっ壊すことは簡単だ。こうやってあはは、あははって、ひたすら文章の中で、無機質な笑い声を入力し続けてやれば、簡単に壊れてしまうのだから。だけどそれをしないのは、俺のせめてものプライドだろう。カラスの鳴き声の中に包まれて、こうして夜の公園のベンチに座っていると、言いようもない恐怖を感じる。それは普段俺が暮らしている時と、同じ恐怖だ。俺はいつも、周囲の声がこのカラスの声にしか聞こえない。周囲が何を言っていても俺は、まるでそれが言葉の通じない動物の鳴き声のように、得体の知れないものとして、受け取ってしまうのだ。俺は動物の輪の中で、生きている。そしてまた俺も、動物なのかもしれない。いや、そんな大層なものでもないな。では、なんだろう。動物の糞にたかるハエか。ウジ虫かーー。
…いや、違うな。俺は空間だ。何も形をなさない、
ただの無だ。




