最終話「そこにあるもの」
五月。
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桜はもう完全に散っていた。
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代わりに、
若い葉が街を覆い始めている。
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マサルはいつもの時間に職場へ向かっていた。
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義足の音は、
もう特別な意味を持たない。
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ただの足音になっている。
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職場では誰も驚かない。
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誰も気を遣わない。
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それが今の距離だった。
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シンジは病院へ向かうバスに乗っていた。
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窓の外を流れる景色は、
もう恐怖を呼び起こさない。
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ただの移動。
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ただの習慣。
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医師との会話は短い。
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「変わりありません」
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それだけで終わる。
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それでもシンジは頷く。
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それで十分だった。
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アキラはオフィスで静かに資料を見ていた。
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決断は速く、
迷いは少ない。
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それは強さではなく、
積み重ねの結果だった。
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ユウスケはジムで軽く身体を動かしていた。
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追い込むことはしない。
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維持するための動き。
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それが今の意味だった。
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ナオトは喫茶店にいた。
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いつもの席。
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いつもの時間。
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しかし、誰かを待っているわけではない。
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ただそこにいる。
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夕方。
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いつものように、
四人が集まる。
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マサル。
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シンジ。
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アキラ。
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ユウスケ。
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そしてナオト。
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会話は少ない。
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だが気まずさもない。
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ただ時間が流れている。
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マサルが言う。
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「結局、変わらんかったな」
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アキラが笑う。
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「いや、変わったやろ」
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ユウスケが続ける。
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「でも“別のもん”になった感じやな」
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シンジは静かに言う。
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「戻ってないけど、崩れてもない」
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その言葉に沈黙。
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否定はない。
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ナオトがゆっくり言う。
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「人ってな」
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「元に戻るもんやと思いがちやけど」
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「戻らんまま続くもんなんや」
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窓の外では、
風が静かに揺れている。
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マサルは義足の違和感を探さない。
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シンジは薬を確認しないまま鞄に入れる。
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アキラは明日の予定を不安なく受け入れる。
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ユウスケは身体の状態を気にしない。
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ナオトはそれを見て、
少しだけ目を細める。
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壊れたものは元に戻らない。
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それでも生活は続く。
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その“戻らなさ”ごと、
彼らは日常にしてしまった。
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ナオトが最後に言う。
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「ここが地元や」
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誰のものでもない。
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でも確かにそこにある場所。
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失っても、壊れても、
戻れなくても、
人はそこに立ち続ける。
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マサルが立ち上がる。
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シンジが続く。
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アキラが荷物を持つ。
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ユウスケがストレッチをする。
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ナオトが最後に席を立つ。
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誰も見送らない。
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でも誰も離れない。
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扉が開く。
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夜の空気が入る。
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それぞれがそれぞれの場所へ戻っていく。
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同じではない道。
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それでも完全には離れない道。
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そして物語は、
終わるのではなく――
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そこにあるものとして残り続ける。
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(完)




