第76話「小さな揺れ」
十一月。
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空気が乾き始めていた。
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静かな日常の中に、
ほんのわずかな違和感が混じる。
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それは壊れる兆しではない。
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ただの“揺れ”だった。
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マサルは職場で小さなトラブル対応に追われていた。
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大きな問題ではない。
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しかし通常より少しだけ手間がかかる。
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その“少し”が積み重なると、
集中力が削られる。
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それでも崩れない。
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それが今の状態だった。
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シンジは通院の合間、
体調に微妙な波を感じていた。
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悪化ではない。
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しかし完全な安定でもない。
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医師も珍しく曖昧に言う。
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「少し揺れてますね」
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それだけだった。
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アキラは職場で新しい案件の初期段階に関わっていた。
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不確定要素が多い。
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判断材料も少ない。
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その中で動く必要がある。
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ユウスケはトレーニングの疲労が抜けにくくなっていた。
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年齢でも環境でもない。
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ただ“微妙なズレ”。
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それが続いている。
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ナオトはそれを見ている。
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静かに記録するように。
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夜。
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喫茶店。
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空気は少し重い。
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マサルが言う。
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「なんか最近、ちょっとしんどいな」
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アキラが頷く。
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「全部が微妙にズレてる感じする」
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ユウスケが続ける。
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「大きく崩れてるわけちゃうねんけどな」
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シンジは静かに言う。
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「こういうのが一番危ない気もする」
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その言葉に沈黙。
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否定はない。
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ナオトが言う。
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「小さな揺れってのはな」
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「壊れる前じゃなくて」
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「調整のサインや」
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その言葉が落ちる。
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外では風が強くなる。
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冬の入口。
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マサルは帰り道で足元を意識する。
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シンジは薬の管理を見直す。
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アキラは翌日の段取りを再確認する。
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ユウスケはトレーニング量を調整する。
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それぞれの“揺れへの対応”。
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崩壊ではない。
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しかし油断もできない。
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ナオトは最後に言う。
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「揺れを放っといたら、形が変わる」
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そして物語は、
次の段階――“調整”へ進む。
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第77話「調整」へ続く。




