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はじめての飛行機

作者: 北大路京介
掲載日:2026/04/17

ある朝、まだ少し眠たい空の色をしている時間に、男の子ははじめて飛行機に乗りました。


空港は知らない音であふれていて、遠くで鳴るアナウンスも、床を走るキャリーケースの音も、どこか落ち着きません。

お母さんの手を握っていても、胸の奥がざわざわしていました。


席に座ると、窓の外に大きな翼が見えました。

思っていたよりもずっと大きくて、重たそうで、どうしてこんなものが空に浮かぶのか、男の子にはわかりません。


やがて、ゴォン、と低い音が響きました。

機体がゆっくり動きはじめます。


「やだ……こわい……」


男の子は、ぽろぽろと涙をこぼしました。

お母さんは背中をさすりながら言います。


「大丈夫よ、すぐ慣れるから」


けれど、その言葉は、遠くのほうで聞こえるだけでした。

こわい気持ちは、少しも小さくなりません。


そのとき、通路に立っていた客室乗務員が、そっとしゃがみました。

目線を合わせて、静かに言います。


「うん、こわいよね」


男の子は、少しだけ顔を上げました。

「大丈夫」と言われるよりも、その言葉のほうが、なぜか胸に落ちてきました。


「音、こわい?」


男の子はうなずきます。


「これはね、進む準備の音なんだよ。飛ぶために、いろんなものがちゃんと動いてるっていう合図」


耳をすませると、さっきまでただ怖かった音が、少しだけ違って聞こえました。

まだこわいけれど、わからないものではなくなっていきます。


飛行機は滑走路へ向かって進みます。

ごとごと、と小さく揺れました。


男の子は、また肩をすくめます。


「今の揺れ、びっくりした?」


「うん……」


「バスも揺れるでしょ」


男の子は考えて、小さくうなずきました。


「空のバスもね、ちょっと揺れるんだよ」


その言葉を聞いて、男の子は窓の外を見ました。

ここは空の道なんだ、と、少しだけ思えました。


やがて、飛行機は止まり、静かに力をためるような間がありました。

次の瞬間、ぐっと強い音がして、体が背もたれに押しつけられます。


男の子はぎゅっと目を閉じました。


そのとき、隣でやさしい声がしました。


「今ね、地面とさよならしてるところ」


男の子は、ゆっくりと目を開けました。

さよなら、という言葉に引かれて、窓の外を見ます。


地面が少しずつ遠ざかっていきました。

家や車が、小さな箱のようになっていきます。


しばらくすると、白い雲が近づいてきて、飛行機はその中に入りました。

窓の外が、やわらかな光で満たされます。


「上から見るとね、なんでもちょっと小さく見えるの」


客室乗務員は、空を見ながら言いました。


「こわい気持ちも、少しだけね」


男の子は、自分の胸に手を当てました。

こわい気持ちはまだあります。でも、さっきよりも、ほんの少しだけ小さくなっていました。


やがて飛行機は雲を抜け、青い空の中をまっすぐ進みはじめます。

機内は静かになり、人々の声もやわらかくなりました。


「まだ、こわい?」


「……ちょっとだけ」


「うん、それでいいよ」


その言葉に、男の子はもう泣きませんでした。


しばらくして、飛行機は無事に目的地へと着きました。

シートベルトのサインが消え、人々が立ち上がります。


男の子も立ち上がり、通路に出ました。

あの人を探すと、少し離れたところで、誰かに笑いかけていました。


男の子は近づいて、小さな声で言いました。


「空、ちょっとだけわかった」


客室乗務員は、やさしく目を細めます。


「じゃあ次は、もう少しわかるね」


飛行機の扉が開くと、新しい空気が流れ込んできました。

男の子は一歩、外に出ます。


さっきまでこわかった空は、同じ空のはずなのに、少しだけ違って見えました。


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