火曜日
大好きな星座占いのコーナーは一週間に一度で、それも昨日終わったはずなのに、マウスは不気味な笑顔を浮かべながらテレビに齧り付いていた。テレビは、毒にも薬にもならない、それでも勉強にはなるような雑多なニュースを取り扱っている。
「先日、S研究所から自立型走行ロボットが逃走しました。ロボットは依然見つかっておらず、」
自立型走行ロボット。今注目の車だ。一昔前の、タクシーのようなものらしい。自動で、今日最も自分にとっていいことが起こる場所をAIが割り出し、そこに連れて行ってくれるらしい。
「おいマフラー、これ探しに行こうぜ」
「いやだよ、僕は最悪の一週間になるんだ。籠城を決め込むぞ」
「おい、今週末、日曜日はノワールさんのコンサートがあるんだぜ。行かなくていいのか」
そう、ノワールさんはシンガーだ。大人気歌手だ。そのシンガーとしてのコンサートが、今週末にある。
一昔前ならチケット争奪戦が起きていたらしいが、今は現実同然の仮想現実がある。仮想現実に通信制限があろうと、人数制限は存在しない。
「もちろん行くけどさ、あれは仮想現実だよ。家から一歩も出てないのと同じだ」
マウスはキャラメルを箱から取り出すと、何とも美味しそうに頬張った。
「まあ、それもそうか」
彼が納得するのと同時に気がついたが、彼が我が物顔で貪るキャラメルは僕のものだ。そうか、そもそもこんな悪魔みたいな男と同棲していること自体が人生最悪なのかもしれない。もしそうなら、籠城をするなんて烏滸の沙汰だ。激おこぷんぷん丸だ。
「決めた、僕、逆籠城するよ」
「何だよ逆籠城するって」
「籠城しないってことだ」
「じゃあそう言えよ」
マウスはキャラメルの最後の一粒を食べる。最後の一粒を人にあげられるかどうかで人の器の大きさは決まる。となるとマウスの器は原寸大のヘモグロビンのようなものだろう。この男によって押し広げられた僕の器は、どんな不幸でも受け入れる。
そうして僕は家の、希望の扉を開く。悪魔のいる家の鬱屈とした雰囲気とは打って変わって、外の明るく優しい光が僕を包み込む。僕は明るい未来への第一歩を踏み出した。と同時に、僕の頭に何かが落ちた。
鳥のフンだった。
「おい、元気出せよ」
そう言う彼は口角が裂けんばかりにニヤついている。最悪だ。
「最悪だ」
思わず口に出した。何度シャワーを浴びても取れた気がしない。鳥なのに取れない。踏んだり蹴ったりだ。もしかしたら、僕はこれから頭に鳥のフンをアクセサリーの如く身につけ続け、いずれ鳥のふんの髪飾りで一世を風靡するかもしれない。しない。
「なあ、お前の頭にフンがついてる写真をバンドメンバーに送ったんだけどさ」
悪魔め。
「ついてないね、だってさ」
「肖像権の侵害だ。この犯罪者!」
「何だと、この非犯罪者」
マウスはあくまでこの状況を楽しんでいるようだ。シャワーを止める。水道に残った幾らかの水が僕の頭に降り注いだ。ため息をつく。
「まあ、切り替えてこーぜ」
「薄ら笑いを浮かべながら言うな」
頭の中で昨日の星座占いが反響している。憂鬱が体を取り巻いていく。その渦を断ち切るような甲高い音、世間一般ではチャイムと呼ばれるそれが鳴り響いた。僕もチャイムと呼んでいる。
僕はまだ着替え中であり、見知らぬ来訪者に僕の体を大公開することなどできないから、マウスが応対した。マウスはダンボールとともに戻ってきた。
「おい、届いたぜ」
「何?」
「スマートウォッチだ」
僕はハッとした。なぜ今まで気がつかなかったのだろう。僕にはラッキーアイテムがなかったんだ。そうだ、これがあればこそ僕は順風満帆な一週間を謳歌することができるというものだ。
早速取り付ける。ベルトはシリコン製で、一昔前の暖かさが感じられた。
「こんにちは。ようこそ私へ」
画面には柔らかい文字でそう表示された。
「こんにちは」
「こんにちは」
二人の声が揃う。マウスが説明書を読み始め、僕もそれを覗き込んだ。すると、不思議なことが起きた。スマートウォッチがしゃべったのである。それも大きな声で。
「center helpful fish selfish spring!」
英文法もへったくれもないただの英単語の羅列だ。
「中央役立ち魚、利己的泉と言っている」
「そうだね」
僕たちはもう一度説明書に目を落とした。同時に鱗も落ちてきた。このスマートウォッチには変な機能が搭載されている。どうやらアラーム機能がついていて、30分に一度、このようにランダムな英単語を出力するらしい。
「僕には贅沢な機能だ」
「じゃあ俺にくれ」
「マウスが30分ごとに叫ぶなんてたまったもんじゃない」
ストレスは溜まる一方だろう。
「とにかく、僕は見たい映画があるんだ。これを付けてれば完璧だろう」
「じゃあ俺は籠城を決め込むとする」
「君は人生最悪の一週間じゃないだろう」
「今日通販で頼んだやつが届くし、もうすぐ俺たちバンドはライブがあんだよ。練習だ」
彼は空のドラムを叩き回す。僕は幸運の持ち主にのみ許された温かい眼差しを彼に向けると、心からの応援を彼に残して外へ出た。




