番外編:収穫祭
王都で年に一度開催される「収穫祭」。街中が食べ物の香りと音楽に包まれるこの日、寧々は今日ばかりは包丁を置き、一人の女の子としてお祭りを満喫することになっていた。
「寧々、はぐれないように。……それと、あまり食べ歩きに夢中になって、変な男について行くなよ」
正装……ではなく、あえて目立たない平民風の服に着替えたアルフレッドが、落ち着かない様子で寧々の隣を歩く。
「大丈夫ですよ、アルフレッドさん! ほら見てください、あの『魔力綿あめ』、ふわふわで美味しそう!」
キラキラと目を輝かせる寧々に、アルフレッドは溜息をつきながらも、そっと彼女の指先を絡めるようにして手を握った。
「っ……! アルフレッドさん?」
「人混みだ。……いいから、離すな」
ぶっきらぼうな言葉とは裏腹に、繋がれた手からは彼の体温がダイレクトに伝わってくる。寧々の心臓が、美味しいものを食べた時とは違うリズムで、トクン、と跳ねた。
二人だけの夜風
祭りの喧騒を抜け、二人は王宮の静かなバルコニーへと辿り着いた。眼下には宝石を散りばめたような街の灯りが広がっている。
「ふぅ……。お腹いっぱいですけど、やっぱりアルフレッドさんと歩くと、いつもよりずっと楽しく感じちゃいます」
寧々が隣のアルフレッドを見上げると、彼は夜風に髪を揺らしながら、真剣な眼差しで寧々を見つめていた。
「……私は、苦しかったぞ」
「えっ? どこか具合でも悪いんですか!?」
慌てて彼の手を取ろうとする寧々。しかし、逆にアルフレッドの手によって、彼女の体はバルコニーの壁際へと優しく追い込まれた。
「寧々。君の心の中に、私はどれくらいいる? ……『美味しいお肉』よりも、私は君にとって特別になれているか?」
寧々は顔が火が出るほど熱くなるのを感じた。でも、不思議と嫌な気持ちはしなかった。むしろ、彼の独占欲が誇らしく、愛おしい。
「……お肉と比べるなんて、ずるいです。でも……」
寧々は勇気を出して、アルフレッドの胸元にそっと顔を埋めた。
「アルフレッドさんは、私の『隠し味』じゃないんです。……メインディッシュよりも、デザートよりも、私にとって一番なくてはならない……『主食』なんですから」
「……主食、か。君らしい例えだな」
アルフレッドがふっと柔らかく笑い、彼女の顎を指先でクイッと持ち上げた。
「一生かけて、君を飽きさせないように努力しよう。……いいか?」
「はい!よろしくお願いしますね。」
翌朝、厨房には鼻歌を歌いながら、いつも以上に豪華な朝食を作る寧々の姿があった。
そこへ、寝癖のついた魔王ゼノスがふらふらと現れる。
「……おい寧々。なんだか知らんが、今日のスープはいつもより甘ったるいぞ。魔力がピンク色に輝いて見えるのだが?」
「えへへ、そうですか? 今日はなんだか、とってもいい気分なんです!」
遅れて入ってきたアルフレッドと目が合うと、二人は同時に顔を赤くして視線を逸らした。
「……ふん。当てつけか。我も早く、おにぎりより愛せる者を探さねばならんな」
魔王のボヤキをよそに、二人の間には、どんな高級食材よりも甘い空気が、今日もたっぷりと漂っていた。




