第6話:無味教団を揚げ尽くせ!
美食外交から帰還した寧々たちを待っていたのは、活気を失った王都の姿だった。
市場の店は閉まり、人々は虚ろな目で「栄養補給ペースト」なる灰色の塊を啜っている。
「……何これ。全然、美味しくなさそう」
寧々が絶句していると、街の広場に白い仮面を被った集団が現れた。彼らこそ、世界から贅沢と味覚を排除し、効率のみで人間を管理しようとする『無味教団』。
「民よ、味覚は惑いだ。美味しいという感情が争いを生む。この『無味の聖水』を飲み、食欲という呪縛から解き放たれるのだ」
そのリーダー格が掲げたボトルから放たれるのは、周囲の「料理の匂い」を消し去る特殊な結界魔法だった。
「……私のマイタケの匂いが消えた。……今日の晩ご飯の献立も、思い出せなくなっちゃう」
寧々の瞳から光が消え、代わりに静かな、しかし凄まじい魔力の渦が巻き起こった。
「アルフレッドさん、ゼノスさん。……私、怒りました」
「教団の結界は強固だ。物理攻撃も魔法も無効化されるぞ!」
アルフレッドが剣を構えるが、結界に触れただけで魔力が霧散してしまう。
「ふん、我の魔力すら弾くか。だが、寧々の怒りはそんなものでは収まらんぞ」
魔王ゼノスは、寧々がリュックから巨大な鉄鍋と数リットルの最高級油を取り出すのを、期待に満ちた目で見守った。
「結界がなんだって言うんですか。鼻を塞いでも、胃袋に直接届く『音』と『衝撃』があれば十分です!」
寧々は宙に浮き上がると、指先から『極光の超高火力』を放ち、一瞬で油を最適な温度(180°C)まで熱した。
1. 下準備: 魔王が狩ってきた「キング・ポーク」を、アルフレッドが神速の剣技で一口大の厚切りにする。
2. 衣付け: 寧々が聖魔法で小麦粉と卵を調合し、ダイヤモンドより硬いパン粉を纏わせる。
3. 投入: 「「いっけぇぇぇぇ!!」」
ジュワァァァァァァァァッ!!
その音は、もはや料理の音ではなかった。 聖なる魔力を纏った「カツ」が油の中で踊る振動が、教団の「無味結界」を物理的に粉砕していく。
「な、なんだこの音は! 胸の鼓動が……胃袋が……勝手に鳴り止まない!?」 仮面の男たちが狼狽する中、寧々はお玉を振りかざした。
「奥義・黄金肉弾雨!」
揚げたてサクサクのカツが、空からキラキラと輝きながら降り注ぐ。
逃げ惑う教団員たちの口に、寧々の魔力で誘導されたカツが次々と放り込まれた。
「サクッ……じゅわ……」
仮面の下から、嗚咽が漏れる。
「……思い出した。お母さんが作ってくれた、焦げた卵焼きの味を……。私、本当は、美味しいものが食べたかったんだぁぁぁ!」
教団員たちはその場に泣き崩れ、無味の呪縛は完全に消滅した。 カツの香りと「噛む音」の衝撃波は、王都全域に広がり、人々は正気を取り戻して台所へと駆け出していった。
事件解決後の夜。 教団の総本山(だった場所)は、寧々の提案で大規模な「カツ祭り」会場になっていた。
「寧々、これだ。ソースをたっぷりかけたこの一切れが、戦いの後の至高だ」 アルフレッドが、揚げたてのカツを幸せそうに頬張る。
「……アルフレッドさん、口の横にソースついてますよ」 寧々が笑って指を伸ばそうとすると、今度はアルフレッドがその手を優しく掴んだ。
「……わざとだ。こうすれば、君が拭いてくれるだろう?」
「っ!? ……もう、騎士団長がそんな子供みたいなこと……」
赤くなる寧々を、アルフレッドはそのままぐいっと引き寄せ、自分の肩に彼女の頭を預けさせた。
「……今日は怖かった。君の魔力が、料理以外の『怒り』に染まって、どこかへ行ってしまうかと思った。……ずっと、私の隣でフライパンを振っていてくれ」
「アルフレッドさん……。はい、もちろんですよ。私、アルフレッドさんが『美味しい』って言ってくれるのが、一番の隠し味なんですから」
二人の間に、揚げ物の香ばしい匂いと、とろけるような甘い空気が流れる。
「……おい。我を無視していい雰囲気を作るなと言ったはずだぞ」
端っこでカツを30枚ほど平らげた魔王ゼノスが、不機嫌そうに割り込んできた。
「ゼノス、貴様……少しは遠慮というものを……!」
「黙れ。我は寧々に『特製カツ丼』を作ってもらう約束をしているのだ。さあ寧々、卵でとじる準備をしろ!」
「あはは! はいはい、今作りますね!」
異世界を救うのは、剣でも杖でもない。 サクサクの衣と、溢れる肉汁。そして、愛する人たちと囲む賑やかな食卓。 寧々の美味しい無双伝説は、明日も胃袋の数だけ続いていく。
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