第4話:魔王、おにぎりの輝きにひれ伏す
王都が寧々の「炊き出し」によって平和な熱気に包まれてから数日。
寧々は、アルフレッドの案内で城下町の市場へと繰り出していた。
「見てください、アルフレッドさん! この真っ赤なトマト、魔力が詰まってて弾けそうですよ!」
「……寧々、それは『爆裂トマト』だ。下手に触ると爆発して火傷を——」
パカッ。
寧々が指先で軽く撫でると、爆発するはずのトマトは、ただの「ものすごく糖度の高い、完熟トマト」へと浄化された。
彼女の無意識の聖魔法は、もはや生態系すらも「美味しく」書き換えてしまう。
「……いや、もう驚かん。それが君という人間だな」
アルフレッドはため息をつきながらも、彼女が買った重い食材の袋を、当然のようにすべて肩に担いだ。
「あの、アルフレッドさん。重くないですか?」
「騎士団長が、少女の買い物袋一つ持てなくてどうする。それに……こうして歩いていると、その、悪い気はしない」
ぶっきらぼうに視線をそらすアルフレッド。その耳は、市場の喧騒の中でも隠しきれないほど赤くなっていた。
「寧々、次はあっちの香辛料の店へ——」
その時だった。
突如として、王都の上空が漆黒の雲に覆われた。 市場の活気は一瞬で凍りつき、人々は悲鳴を上げて逃げ惑う。雲の隙間から現れたのは、禍々しい角と漆黒の翼を持つ、圧倒的な威圧感を放つ存在——魔王、ゼノスだった。
「我が軍勢をピクニック集団に変え、挙句の果てに餌付けした不届き者はどいつだ……!」
魔王の咆哮が響き渡る。アルフレッドは瞬時に寧々の前に立ち、剣を引き抜いた。
「寧々、下がっていろ! こいつは今までの魔物とは格が違う……!」
しかし、寧々はアルフレッドの背中からひょいっと顔を出した。 クンクン、と鼻を鳴らす。
「……なんだか、すごく『しょっぱい』匂いがします」
「……は?」
魔王もアルフレッドも、同時に固まった。
「魔王さん、もしかして、ずっと海沿いの荒野に住んでます? 潮風の匂いと……あと、ひどくお腹が空いている匂いがします。そんなに怒鳴ったら、余計に胃に障りますよ?」
「黙れ! 貴様が聖女か!? 我が軍を愚弄した罪、万死に値——」
「はい、これ食べて落ち着いてください」
寧々がポケットから取り出したのは、炊きたてのご飯で握ったばかりの、大きな「おにぎり」だった。具材
は、先ほど市場で浄化して旨味を極限まで引き出した『爆裂トマト』の特製ソース和え。
「……毒か? 貴様、魔王である我に、このような白い塊を……」
ゼノスは警戒しながらも、おにぎりから漂う「暴力的なまでに食欲をそそる香り」に抗えなかった。
魔王のプライドと、数百年経験したことのない空腹感が激突する。
ぐぅぅぅぅぅぅ……。
魔王の腹から、大地震のような音が響いた。
「……一口だ。一口だけ、毒見をしてやる」
ゼノスは優雅さを装いながら、おにぎりを一口齧った。
「…………っ!!?」
衝撃。 米の一粒一粒が、寧々の魔力によって「生命の輝き」を放ち、口の中で踊っている。
トマトの酸味と米の甘みが絶妙に絡み合い、ゼノスの冷え切った魔力回路に、まるで春の陽だまりのような温かさが流れ込んでいく。
「何だ……この多幸感は。我が魔力が、浄化され……癒やされていく……?」
気づけば、魔王は両手でおにぎりを握りしめ、ボロボロと涙をこぼしていた。
「う、美味い……。我は……我はただ、こんな風に誰かと食卓を囲みたかっただけなのかもしれぬ……」
最強の魔王が、市場の真ん中で膝をつき、おにぎりを食べながら号泣する。 その異様な光景に、抜いた剣をどうすればいいか分からなくなったアルフレッドが、ポツリと呟いた。
「……寧々。やはり君は、世界を救う聖女というより、世界を胃袋で屈服させる『魔王以上の何か』だな」
「えへへ、おにぎりは世界を救うんですよ!」
その後、魔王ゼノスは「おかわり」を要求し、そのまま寧々の「試食係」として王宮に居座ることになった。
その日の夜。 騒動が落ち着き、静まり返った王宮のテラス。 寧々は、アルフレッドと一緒に夜風に当たっていた。
「アルフレッドさん、今日はいっぱい助けてくれてありがとうございました」
「いや、私は何もしていない。結局、君の料理がすべてを解決した」
アルフレッドは自嘲気味に笑い、手すりに置かれた寧々の手に、そっと自分の手を重ねた。
「……あの、アルフレッドさん」 寧々の顔が、これまでのどの「激辛料理」よりも赤く染まる。
「……お腹、空きましたか?」
「……今は、空いていない。だが、心の方は……少しだけ、満たされていないな」
そう言ってアルフレッドは、寧々の髪にそっと触れ、顔を近づけていく——。
「あー! 寧々! 腹が減ったぞ! 次の肉を焼け!!」
背後から響く魔王のKYな怒鳴り声。
二人は慌てて飛びのき、アルフレッドは空っぽの鞘を掴んで魔王に向かって走り出した。
「ゼノス……! 貴様、空気というものを読めと言っただろうがぁぁ!!」
「えへへ……。やっぱり、みんなで食べるご飯が一番ですね!」
寧々の笑い声が、平和になった王都に響き渡る。
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