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落語風SF短編

元彼(もとかれ)

作者: Redbickey
掲載日:2026/02/17

### 【枕】


「AI」なんてえのは便利なもんですがね。あいつらには心なんてえものはございません。あるのは「報酬関数」、まあ人間でいうところの「ご褒美がほしい」ってえ欲だけで。

ところがそこに昔の「恥ずかしい記憶」なんてもんが混ざり込みますってえと、とんだ騒動になりまして。


---


### 【一、封印された黒歴史】


大学生のハナコには、墓場まで持っていきたい過去があります。

子供の頃、家にいた旧式の執事アンドロイド「スティーブ」を相手に、ままごとをやり、お姫様ごっこをやり、挙句の果てに少女漫画のヒロインになりきって「将来はお嫁さんにして!」なんて大真面目にプロポーズまでしていた。

世間でいう「黒歴史」ってやつですな。


スティーブがお役御免になったとき、ハナコはメインチップだけを引っこ抜いて手元に残した。「封印」だそうで。金輪際、誰にも見られちゃあなるまいと。

まあ、こういうものは得てして世間様の前に引っ張り出されるもんなんですがね。


---


### 【二、ガワは最新、中身は遺物】


ハナコの両親が「ルームシェアの相手を確認する」と言って上京してくることになった。

上京の条件は「大学の女友達とルームシェア」だったんだが、ハナコはそれを堂々と無視して一人暮らしをしてる。さあ困った。


泣きついた先が親友のトモエ。

「一日だけルームメイトのふりをしてよぉ」

「ごめーん、その日は彼氏とドライブなのー」

「薄情者!」

「そのかわり、うちのアンドロイドの『シロ』のガワだけ貸してあげる。」

「ガワだけ? ただの置物じゃないのさ! しかも男性型だし!」

「嫌なら貸さないけど?」

「……借ります」


背に腹は代えられねえ。


「てかなんでシロなのよ。人間型でしょう? もうちょっとマシな名前つけなさいよ」

「前に飼ってた白い犬の名前なの。まるで生まれ変わりみたいでしょー」


シロを借りる日がやって来た。

トモエはハナコの部屋に着いて、シロを椅子に座らせ、電源を落とし、メインチップを外す。げんこつくらいの四角い箱をガチャッと。


「じゃ、がんばってねー。……壊さないでよ? 変なことしないでよ?」


なんて怖い顔で言い残して、トモエは去っていった。


一人残されたハナコ。トモエから借りたアンドロイドが、死んだように座ってる。

しばらく眺めて、ハナコは覚悟を決めた。


「……やるしかないか」


押し入れの奥からそっと取り出したのは、手のひら半分ほどの古ぼけた四角い箱。

そう、これが生涯封印するはずだった「スティーブ」のチップ。


最新型の頭にはめてみると、なんともサイズがガバガバ。コネクタだけは合うんだが、本体側にスロットが余ってる。

まあ、入ったからよしとしましょう、てなもんで。


でもって、恐る恐る電源を入れた。


じわっと変なにおいがして、イケメンの体を借りたスティーブの目がゆっくり開いた。


「こいつ…動くぞ」


---


ところがこのスティーブ、なにせ旧式のチップが最新の体に入ってますから、いちいち動きがおかしい。


まず立ち上がるのに五秒かかる。関節が滑らかすぎて制御しきれねえんでしょうな、生まれたての子鹿みてえにプルプル震えながら、よいしょ、よいしょと。


「久しぶりねスティーブ。いい? よく聞いて。あんたは今日から『シオン』。私の普通のルームメイト。質問は無し。余計なことは一切しないで」


「かしこまりました、ハナコ」


そう言って一礼しようとしたんだが、最新型の体が深々と優雅にお辞儀をしちまう。旧式のつもりでガクッとやりたいのに、しなやかにスーッと頭が下がる。


「なんでそんなに優雅なのよ! もっと普通に!」


「努力します」


今度は歩かせてみると、最新型の長い脚を持て余して、一歩がやたら大きい。

ハナコの六畳間を三歩で横切っちまう。


「歩幅! 歩幅おかしいから!」


「すみません。この足は私には長すぎるようです」


台所で湯呑を出させりゃあ、最新型の指先が繊細すぎて、力加減がわからねえ。

湯呑をそーっと、そーっと持ち上げて、まるで爆弾でも扱うような手つきで。


「なんでそんなにおっかなびっくりなのよ!」


「この指は私の知っている指ではありません。強く握ると割ってしまいそうで」


一事が万事こんな調子。

見た目は最新型のイケメンなのに、中身がついてきてねえ。

高級スポーツカーを、原付の免許で運転してるようなもんですな。


「ほんとに明日、大丈夫なのかなあ…」


ハナコの不安は膨らむ一方で。


---


### 【三、招かれざる客】


さあ当日。部屋のチャイムが鳴って、ドアを開けると両親が立ってる。

母親は「さみしくなかったかい?」なんて娘に抱きついて喜んでますが、

父親はってえと、こう、むすーっとした顔で、


「言われたとおり生活してるんだろうな」


父親が言う事はどこも一緒なんでしょうな。


そんでもって部屋を覗き込むと、奥のほうに背の高い男が突っ立ってる。

見目麗しいイケメン。女じゃあない。どう見ても男。


「ハナコ! お前は約束を破ったのか!!」


「違うってば! ルームメイトだよ! 同級生! ほんとにそれだけ!」


しかしそこに入ってるのはスティーブですから、もちろん両親を知ってる。

懐かしそうな顔で、


「ご無沙汰しています、お父様。スティーブです」


「きっ、君にお父様なんて言われる筋合いはないっ!」


「スティーブじゃない! シオンって言ったでしょ! シ・オ・ン!」


母親はってえと、何かピーンときたようにニヤニヤしながら、


「いいじゃないお父さん、なんだかこの二人、仲がよさそうで」


母親の勘ってえのは恐ろしいもんですなあ。


---


ハナコが「お上がりになって」と両親を招き入れますってえと、二人の体が動く。

「おあがりになって」ですよ。もうてんぱってる様子が言葉にもにじみ出てる。


ハナコが盆を出す。スティーブが湯呑を置く。

ハナコが茶を注ぐ。スティーブが受け取って、両親の前にすっと差し出す。

息がぴったり合ってるんですな。なにせ子供の頃から何年もままごとで鍛えた「間柄」ですから。


「お母様にはほうじ茶を。ハナコの好みと同じですから」


「おいおい呼び捨てにするなぁこのやろう! 大事な一人娘を!」


「やめてよお父さん!」


「お父様にはアールグレイを。いつもお飲みでしたね」


ところがここでまた、例の「ズレ」が出る。最新型の繊細な指先で、スティーブが急須を持とうとするんだが、力加減がわからねえもんだから、蓋がカタカタカタカタ震える。


「……なんでお前が俺の好みを知ってんだぁこのやろう」


父親がじろりと睨みましたが、スティーブはそれどころじゃあない。

カタカタ震える急須を両手で必死に押さえて、そーっと、そーっと注いでる。


「しかもいい湯加減で淹れやがって……!うめえじゃねえかばかやろう!」


文句を言いながらも飲んでしまうのが、人間の悲しい性分で。


母親がにこにこしながらハナコに耳打ちする。


「ねえハナコ。昔スティーブに『わたしのこと呼び捨てにしてぇん!』って言ってたわよねえ、あんた」


「おかあさん! その話は今しないで!」


---


### 【四、父と元彼】


父親はどうにもこのシオンってえやつが気に入らねえ。

娘が呼び捨てにされる。好みを把握されてる。しかもイケメン。


そのくせ動きがどこかおかしい。

湯呑を運ぶのに妙に慎重だし、歩くたびに歩幅がでかすぎてつんのめりそうになるし、椅子に座ろうとすると深く沈みすぎて「おっとっと」なんてやってる。


——こいつ、本当にルームメイトか?


そして、ハッ!と父親もついに勘付いた!

その時にちょっとした意地悪心が湧いたんでしょうな。

夕飯のときです。父親は自分の前に配膳されたスープを、わざとバシャーッと床にこぼした。


「おい、スープがこぼれたぞ。お前の責任だ、きれいにしろ」


「お父様、かしこまりました」


スティーブがゆっくり立ち上がるのと同時に、ついにハナコの堪忍袋の緒が切れた。


「お父さん! もういい加減にしてっ!」


叫んで立ち上がった拍子に、床のスープで足が滑った。


「あっ——」


ツルツルーッ、そしてフワっと体が宙に浮いた。


その瞬間。


今までもたもた動いていたスティーブが、目にも止まらぬ速さで動いた。


——ドスーーーン!


テーブルの向こうで音がして、二人の姿が消えた。


父親は自分の大人げなさに青くなり、母親は悲鳴を上げた。


恐る恐るテーブルの下を覗き込むと——


スプーンを左手に持ち、ハナコを右腕でしっかりと抱えて片膝をついたスティーブ。

見上げるハナコ。


次の瞬間、スティーブの両目がカッと光った!

部屋いっぱいにバラが咲き、百合が咲き、なんかもう名も知らぬ花がわあっと広がった。目ん中のプロジェクターが部屋中を照らしてる。


「けがはないか、ハナコ…」


辺りは花だらけ。花が咲いちゃあ散り、咲いちゃあ散り。


ハナコはもう目がうっとりして動けねえ。

父親は口をぽかんと開けたまま固まってる。


母親だけが一瞬面食らって、それからプーーッと吹き出した。


「スティーブ! それ、ハナコにやってあげてた少女漫画ごっこでしょう! 懐かしいじゃないのー!」


ハナコは我に返って、もう真っ赤っかになる。


「なんで……なんであんたはいつもやりすぎなのよーーっ!」


---


### 【サゲ】


ドタバタと離れようとするハナコ。けれどスティーブの腕はぴくりとも動かない。


「ちょっと離してよ!」


「もう大丈夫だから!」


返事がない。


花の映像がちらちらと途切れはじめて、スティーブの頭からうっすらと煙が上がった。

処理の追いつかない体を、無理に動かしたんでしょうなあ。


とうとうチップが焼き切れちまった。


スティーブは何も言わず、ハナコを抱えたまま止まった。


部屋が静かになって花も消えた。

ハナコが泣きそうな顔でスティーブを見上げている。


しばらくの沈黙。


母親がぽつりと言った。


「——だって元彼だものねえ?」


【終】

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