第3章:後悔なし/たとえそれが全てだとしても (パート9)
アラナギしんそうの、まるで誰かが突然骨を全て抜き取ったかのように、ぐったりと地面にれた。だがミナトはまだ立っていた。傷つき、疲れ果てながらも、立っていた。この最後の一撃で決着がつくことを願っていたが、勝利とは感じられなかった。正しい行いとは思えなかった。
アラナギしんそうの首に腕を回し、彼女無力な体を引きずりながら、同時にスオウの襟首を掴み、ゴミ袋のように地面を引きずっていった。
「おい、小僧。もっと気をつけろよ」スオウ生が弱々しく訴えたが、ミナトは横目でちらりと見るだけだった。
「お前を引きずってやるだけでも感謝しろ、このクソヤムチャ」
「ああ、嬉しくて胸が熱くなるぜ。ご高配に深く感謝いたします、陛下」
視界の隅で、アラナギしんそうの髪が白髪混じりから元の熟したオレンジ色に戻っているのに気づいた。ネットワークが停止したか、少なくとも一時的に中断した証拠かもしれない。
身体が徐々に衰えつつある今、彼は心から前者であることを願った。唯一の慰めは、ツナ叫んでいないことだった。それだけでも良い兆候だ。
アラナギしんそうとスオウを地面に降ろすと、ミナトは彼らが引き起こした惨状を見渡した。まるで革命のさなかで街頭戦を繰り広げたかのようだった。一瞬、彼の瞳が閉じ、黒いベールが視界を覆ったが、意識の奥底からかすかな叫びがはっきりと聞こえていた。
しかし目を開けると、静寂が訪れていた。まるで嵐の合間のような静けさだった。
「ちっ、今の写真を撮ってマイケル・ベイに送れば、次の映画のセットに使えるだろうな」ミナトはわずかな苛立ちを込めて鼻を鳴らした。
「建物は再建できるが、人命は違う。死者が出なかっただけ幸運だ」マコトは疲れた口調で応じた。
「そういう意味じゃない。ただ、犬どもを全部俺たちにけしかけられたくないだけだ。自腹を切らされたり、マスコミの餌食になったりするのはごめんだ。臓器を全部売っても足りないだろう」みなとが平然とした口調で言い放つと、まことには爆弾犯を警察に突き出した時のトラブルを思い出した。その記憶が背筋をぞっとさせた。
「心配するな」スオウ生は静かに答えると、いつの間にかタバコに火をつけていた。腹の穴など気にしていない様子だ。「少し手を回せば、お前がここにいたことすら忘れさせる。誰かに聞かれたら、お前の家は町の端にあると言え」
「今日一つだけ良い知らせだ。もう今日のチームAには少々うんざりしていたところだ」ミナトは疲れたようにため息をつき、周囲の騒ぎにもかかわらず執拗にまとわりつく、奇妙なブーンという音を立てる虫を払いのけた。奇妙な疑念がミナトの頭をよぎった。騒ぎがあるにもかかわらず、誰も現れていないのだ。
掌で叩き落とされた昆虫の眼がぴくぴくと動いた。翼の生えた小さな肉の塊のように見えたそれは、実は小さな機械生物だった。人工の身体からはモーターの振動音が発せられ、それが翼を動かす。眼は本質的にレンズであり、最大二十キロメートルの範囲で映像を伝送するシステムが内蔵されていた。
レンズはミナトをじっと見つめ、真琴からアラナギしんそうへと視線を移した。反対側では、二人の人間が彼らを監視していた。
彼らは、建物内にあるには不釣り合いなほど巨大な部屋で革張りの椅子に座っていた。ここには照明はなく、部屋中央の巨大なホログラフィックスクリーンと数百の小型スクリーンが空間を照らし、他の光源を不要にしていた。
窓も扉も、この不抜の要塞に侵入できる隙間など存在しない。核爆発を十数発受けても無傷で耐えうるように設計されていた。
何百本、いや何千本ものパイプやケーブル、配線がメインモニターへと伸びていた。そこにはアラナギしんそうとの戦いが映し出されている。二人、それを見ている。
一人は普段着の上にボタンを外した白衣を羽織り、科学者か医師のように見えた。だが灰色の髪と半焼けた顔こそが、その本質を雄弁に物語っていた。死の天使メンゲレすら羨む屠殺者、ひむらコサク。
そのメスで誰をも屠殺台へ送り込む覚悟の男。子供であれ老人であれ、成人男性であれ妊婦であれ。彼の歪んだ精神に利益と快楽をもたらすなら、何であれ構わなかった。
すでに傷だらけの顔を、滑らかな大理石の板に走る深い亀裂のように歪ませる狂気の笑みを浮かべ、彼は一秒一秒を堪能しながら事態を見守っていた。
あらゆる悲鳴、あらゆる涙、あらゆる血の一滴を。 「見事だ」と彼は低く呟いた。「タナトスがあのガキどもとも手を組むなんて、誰が想像できただろう? 誰一人殺さずとも、確実に腕が鈍っている」と、醜い肉屋は皮肉を込めて言った。アラナギが陥った絶望を、彼が特に楽しんでいるのは明らかだった。
狂った切り裂き魔の支離滅裂な妄言に耳を傾けていたのは、人間だった。澄んだ夏の空のような色の髪が、肩の少し下まで垂れている。痩せこけていて、男にも女にも見える。
若々しい顔立ちからは年齢が全く推測できなかった。陽気な青年のように見えたが、その紺碧の天使のような瞳には、この世のあらゆる恐怖を見てきた老練な老人の眼差しが宿っていた。
敬虔で聖人のようなその風貌は、冷たく静かな眼差しと鋭く対照をなしていた。自らのせいで解き放たれた殺戮を、彼は恥じていなかった。
悪魔の化身であり聖人、狡猾な狐であり無垢な子供の化身。全能者には及ばぬが、虫けらよりは上。謎に包まれた男。矛盾の塊。だが何よりも、一人の人間。
「少し落ち着け、ハーベイ・デント。さもないと、もう片方も失うぞ」男は退屈そうな声でそう言うと、手で頬を支え、冷静で分析的な眼差しでスクリーンを見つめた。しかし数秒後、その視線はわずかに横へ移った。スクリーンの左約30度の位置へ。
若者が直径3メートル、高さ10メートルの円筒形タンクに浮かんでいた。タンク内は放射性廃棄物のような有毒な緑色の液体で満たされ、二十歳にも満たないその男は全裸で、頭蓋骨が半分に切り開かれ脳が露わになっていた。
無数のチューブが脳に接続され、全身にも管が張り巡らされていた。
ほんの数分前まで、彼はアラナギ・ネットワークに接続され、苦痛に悶えていた。だが今は眠りに落ちていた。
死そのもののように漆黒のシャツとズボンを纏った男が、異様に広い部屋に靴音のクリック音を響かせながら、ゆっくりとタンクに近づいていった。
「その通りだ、よくやった」男の声には隠しようのない失望がにじんでいた。「人生とは絶え間ない闘いだ。望むものを得るためには、幾度となく犠牲を払わねばならない闘いである。白き灰となる覚悟がなければ、燃える資格などない」
彼は一瞬の躊躇もなく、シリンダー近くの操作盤のボタンを押した。すると男の脳に接続されたチューブから、アラナギしんそうの血清を基に男と耕作が改良した赤い液体が脳内に注入され始めた。
物質の奔流が即座に男を覚醒させ、彼は苦痛に悶え始め、この地獄から逃れようと必死にシリンダーのガラスを内側から叩きつけた。だが男は、ミナトでさえ持ち得なかった羨ましいほどの平静さで、ただ男の苦悶を眺めていた。聖人のように見えながら、彼は人間の肉体をまとった悪魔だったのだ
ミナトは誰かのアラナギく重い息遣いを聞いた。アラナギは弱々しく震える足で立ち上がろうとしたが、その度に身体が裏切る。膝を打った瞬間、それは裏切り者のように折れ曲がり、戦場へ運ばれることを拒んだ。彼女の体は戦うことを拒んだが、心はそうではなかった。
「このバカ!何もわかってないのか?!負けを認めろ、この状態で何も成し遂げられない!誰にも何も証明できない!ただ自分をさらに壊すだけだ!」スオウは怒りを抑えきれず叫んだ。新宗が手の届かないものを追い求め、さらに自らをしていく姿を見たくなかったのだ。
「黙って…何も言うな…」彼女の言葉にはかつての熱意がなく、怒りもなかった。ただ、どんなに苦しくとも最後まで行くという静かな決意だけがあった。「たとえ骨が砕けようとも、全世界が敵となろうとも、私は止まらない…」その言葉は鋭いため息に遮られた。
彼女はネットワークへ接続を試みた。再び血走った瞳で。だが頭の中で何かがカチッと音を立てた。割れたガラスのような音だ。
溜息に続いてかすかな呻きが漏れ、それはゆっくりと、しかし確実に苦痛に満ちた悲鳴へと変わっていった。まるで鈍い木工ドリルで頭蓋骨に穴を開けようとしているかのように。その悲鳴に全員が面食らった。だがミナトには嫌な予感がした。
「くそ、反動が始まったのか?」マコトは疑った。ネットワーク使用時の緊張と痛みが、一気に彼女を襲い返そうとしているのではないかと。
彼女の背中の衣服が分解し始めた。ローブから、背中の繊細な皮膚へと。水銀のような灰色の塊が形成され始めた。
彼女の悲鳴から察するに、それは体内で燃え尽きるか、あるいは脊椎と内臓全てを引き裂こうとしているかのようだった。しかし塊は次第に背中から滑り落ち、沸騰した湯のように泡立ちながら二十メートル先まで転がっていった。塊から発せられる熱は、赤熱した石窯のようだった。
塊が二メートル四方まで広がった時、何かが這い出そうとし、その瞬間、全員が凍りついた。巨大な骨張った手が現れ、続いて全身の骨格が現れた。三メートルもの骨格は微動だにせず、その巨体は人間とは思えなかった。
怪物のような骨格のあらゆる部分が異様に大きく、仙骨からは長い骨の尾が生え、水平に並んだ椎骨の先端には棘が立っていた。
耳があるべき場所には黒い角が三日月形に生え、魔女狩りの火刑台のように煙を立てていた。骸骨は層状に覆われていた。神経、脂肪、血管、臓器、灰色で裂けた筋肉、そしてそれらを覆う皮膚の代わりとなる薄く白い膜。
鋭い突起が後頭部から太ももにかけて背中に次第に現れた。頭部は鼻を誰かに引きちぎられたようで、小さな目があった。
顔は巨大な三日月形の口によって真っ二つに割れており、青い煙を吐き出し、鋭利な刃のような歯が幾重にも並んでいた。
その姿が現れた瞬間、誰も動くことを敢えてしなかった。それは怪物から発せられる灼熱の熱のためだけではない。
言葉にできない根源的な恐怖が全身の細胞を満たし、獲物の爪に捕らえられた小動物のように、筋肉一つ動かすことも許さなかった。
怪物は微動だにせず、口から静かに呼吸していた。空っぽで、実体の殻に過ぎないように見えた。だがそれは、アラナギが創り出し、人間のおかげで傍受したネットワークの支配者だった。
白紙のように空虚なその精神は、ネットワークに広がるあらゆる感情で沸騰していた。
白紙のように空虚なその精神は、ネットワークに広がるあらゆる感情で沸騰していた。
だからこそ、怒り、憎しみ、悲しみ、疎外感、軽蔑、苦しみ、羨望をスポンジのように吸収した。屈辱を受け、自らの存在そのものに恥を感じ、信用を失い、辱められた人々の感情。
こうした人間の魂の闇のすべてが、この生物の精神に吸収され、その自我となった。
巨大な手に生えた三十センチの長い爪が、互いにカチカチと音を立てた。刃のように鋭い歯が、くるみ割り人形の顎のように次第に速さを増してカチカチと鳴り響き、やがてそれは内なる痛みと憎しみを抑えきれず、甲高い悲鳴をあげた。その悲鳴は周囲の建物の窓を粉々に砕き、彼らは素早く両手で耳を塞ぐことでようやく鼓膜を守ることができた。
二十メートル先で、怪物は筋肉質の太い脚に全力を込め突進した。スオウが仕掛けた罠が怪物に誤作動させられ、飛び出した刃をものともせず。
瞬きする間もなく、それはもう数センチの距離まで迫っていた。見抜いたのだ、彼らから滲む弱さを。一閃、その怪物のような前足が最弱の環のようにスオウを払いのけ、チタンプレートを紙のように軋ませた。
コンクリート壁に埋め込まれたスオウは、高速列車に轢かれたかのような激痛に竦み、声すら出せない。人工の身体さえも役に立たず、それもまた砕け散った。ミナトと真琴は恐怖に凍りつき、怪物の顔に浮かぶサディスティックな笑みを見つめていた。
食物連鎖の頂点に立つ獣は躊躇しなかった。瞬く間に、次の犠牲者の上にその影を落としていた。強者、選ばれし者、銀のスプーンを咥えて生まれた者たち。無能な者たち全てから憎まれる存在。アラナギを自らの身体で覆ったマコト。
悪魔のような笑みで歪んだ口元は、彼女の存在への徹底的な侮蔑を露わにしていた。鋭い爪が、罪人の頭上に懸かるギロチンのように彼女を脅かす。振り下ろす速度が生み出す突風が砂塵を巻き上げた。
爪は真琴の目の数ミリ手前で凍りついた。躊躇のためではない。ミナトの掃討キックが怪物の顎を切り裂き、脚を折ったためだ。その衝撃で手は軌道を見失った。
「あ、ありがとう…」真琴はかすれた声で呟いた。彼に言うとは思ってもみなかった言葉を、どうにか口にする力を振り絞った。
「無駄な礼だ」ミナトは噛み切った舌から血を吐きながら呟いた。「反応する暇すらなかった。体が勝手に動いてくれなきゃ、お前はもう死んでた」そう言いながら、垂れ下がった顎が元に戻るのを見届けた。
凶暴な唸り声が悲鳴へと変わった。ミナトに向けられた憎悪と軽蔑に満ちた絶叫だ。怪物の掌が地面を叩きつける。まるで虫を潰すように。しかしそれだけで石床は粉々に砕け散った。
「散らかってるな。ここから出て行け、アーニー!」ミナトは叫び、脚を真琴や他の負傷者から離し、怪物の注意を自分へと引きつけた。
怪物の爪はさらに巨大化し、空気の棘に覆われながら一振りで五本のエアカッターを生成した。あらゆる障害物を切り裂く刃だ。ミナトは二本の刃の間の狭い隙間に滑り込み、慌てて後退したが、四足で突進する怪物は既に雷雲のように彼を覆い尽くそうとしていた。
両腕を頭上に掲げ、ハンマーのように振り下ろす。その一撃で獲物は水滴すら残さず消滅する。
「このクズは俺より遥かに速い。頭で考え続けていたら、窒息もせずに丸呑みにされる」
地面に押し付けられ、迫りくる怪物に退路を断たれたミナトは、両手で地面を蹴り跳び、その反動で足で怪物の頭蓋骨――目があるべき位置――を叩きつけた。衝撃で骨はゼリーのように崩れ、ミナトの足は怪物のそれほど厚くない頭蓋骨に穴を開けただけでなく、そのバランスを崩させた。
これによりミナトは怪物の強固な拘束から抜け出し、ほぼ無傷の装甲車両の残骸へと退却。自らの四肢より致命的な何かを見つけようと望んだ。
戦いを眺めていたマコトは、怪物が獲物を弄んでいるだけだと気づいた。その事実に、彼女は一層の無力感を覚えた。
足があればただ足枷となり、二人を海底へ引きずり込むだけだと理解していたが、誇りが傍観を許さなかった。彼女の掌には細い糸が浮かび上がる。彼女は掌を折れた脚に押し当て、糸が肉に食い込み、砕けた骨を縫い合わせるのを許した。
激痛に耐えかね、真琴は唇を噛みしめて血を流し、叫び声を押し殺した。痛みは消えないと知りつつも、たとえ二度と歩けなくとも、動く機会は得られるのだ。
ミナトは装甲車の残骸まで数歩で駆け寄り、工作員の装備品からより効果的な武器を見つけようと望んだが、蛇のように伸びた怪物の鋭い尾が、マチェテのように鋭い椎骨と棘状の先端で彼の右脚を貫いた。
「くそっ、あと一歩だった!」
鉄棒と岩ほどの大きさの物体を素早く掴んだ瞬間、ミナトは古びた罠にかかったかのように逆さまに引きずり上げられた。怪物はその体を押さえつけ、憎悪に満ちた唸り声をあげた。口から噴き出す熱気はロケットエンジンのようだ。
爪の生えた手が腹を抉り、肉を貫いて獲物の甘い悲鳴を聞かせようとした。だがミナトは、オービトクラストのように貫く灼熱の痛みに耐えながらも、この化け物にそんな栄誉を与えるつもりはなく、ただ歯を食いしばった。
彼は鉄棒でその頭部を貫こうとした。以前、その頭蓋骨を砕いたまさにその場所を狙って。だが鉄は曲がった。金属が彼の打撃に耐えられなかったわけではない。この化け物が適応し始めているのだ。
一撃でその部位の抵抗力が強化される。ミナトはそのことを完全に理解していた。
「ふん、お前は歯をもっと磨けよ。ゴミみたいな臭いがする」ミナトは乾いた冗談を飛ばした。まるで嘲笑うかのように、化物は曲がった金属を噛み切り、鋭い先端を残した短く折れた棒だけを残した。
弱りゆくミナトの首を噛み切ろうと口を開けた化物は、その動きを止めた。その場に凍りついたように。これはミナトには理解できなかった。
故障か?それともより苦痛な死を企んでいるのか?しかしその時、周囲を見渡すと、ツナが血走った目で怪物を睨みつけながら頭を上げた。
数分前と変わらぬ姿ながら、彼は抵抗していた。ネットワークが再び活性化し、接続された者全員が苦痛に悶えている。ツナも例外ではない。
それでも彼は耐え続けた。痛みに抗い、ネットワークと、自ら嫌悪する弱さに抗いながら。数千の意思に抗う彼の意志など取るに足らない。信念で数千の憎悪に抵抗するとは、一滴の血で世界の海を塗り替えようとするようなものだ。
ネットワークを通じて脳裏を貫く痛みと侮蔑は、彼の決意を砕くどころか、かえって強固なものにした。そしてツナの意志が、ミナトに切実に必要だった一瞬をもたらした。
金属の鋭い先端で怪物の腹部に切り込みを入れ、素手で引き裂いた。分厚い筋肉を薙ぎ払うように。血さえも酸のように焼けたが、彼はそれを無視しようとした。
「食えよ、こぼすなよ、このバカ」 ミナトは唾を吐き、石ほどの大きさの物体を怪物の腹に押し込んだ。破片手榴弾だ。
ピンを引き抜き内臓の間に押し込むと、ミナトは自分を拘束していた尾の先端を切り落とし、怪物の顎から脱出した。意識を取り戻した怪物の周囲を回り込み、ミナトは落下打撃でその重い死骸を短く飛ばした。
「腹を裂くのも一苦労だ。外側は硬いが、中身は人間と大差ない」
遠ざかりながら内側から引き裂かれる怪物を見下ろすミナトは蔑んだように言った。上半身全体が腕や頭部、無色の内臓まで細かく砕け散っていた。
疲労困憊のミナトを悩ませたのはただ一つ。脚がまだその場に立っていたことだ。新たな骨格、新たな神経、新たな筋肉、そして頭部付きの新たな腕が、古い胴体の代わりに成長していた。それはまるで氷水シャワーを浴びるような、不快な予感に似た感覚だった。
ただ一つ問題があった。怪物はさらに巨大化し、肩幅と背中は二倍に広がり、腕はどんなボディビルダーよりも太くなっていた。
白い膜のような皮膚には小さな黒い斑点が散らばっていたが、怪物にそんなものを見ている暇はなかった。
痛み。その存在そのものが痛みと憎悪に染まっていた。そして今、さらに激しい痛みが加わろうとしていた。
その広大な口は嫌悪と怒りに歪み、醜い表情を浮かべた。青い靄は深紅色に色を変え、温度が下がる気配は微塵もなかった。今やその口は炉のようだ。
交差点の真ん中に立つことで、ミナトにはより広い行動範囲が生まれたが、同時に制約も増えた。広い空間は怪物に隙を与え、傷ついた者を先に仕留めやすくする。ミナトは再び膠着状態に陥った。どうすべきか考えていると、怪物の背後から大きな叫び声が聞こえた。
これが最も避けたい事態だった。怪物から守るべき人間が増える。
だが通りすがりの民間人ではなく、二人のスペシャリストだ。一人はイコライザー。ここ数ヶ月で名を馳せ、その力で犯罪者を震え上がらせるスペシャリストである。
もう一人はノワール。黒衣の男で、自身の分身を作り出す能力を持つ。
この破壊は誰の目にも留まり、駆けつけたヒーローたちは無言の衝撃で惨状を見つめていた。
「ノワール、これが新CMのセットであって現実じゃないって言ってくれ」イコライザーは怒りに拳を握りしめながら呟いた。しかし任務で同行した相棒は、恐怖で身動きもできず返答する力さえ失っていた。
彼らの注意はすぐに、未知の恐ろしい怪物と戦うミナトへと向かった。その存在自体が恐怖を誘う。しかし、傷ついた普通の十代がそんな化け物と戦う姿を見たくなかったイコライザーは、怪物に向かって叫んだ。
「おい、化け物!戦いたいなら、同程度の相手と戦えよ!」スペシャリストは理不尽さに耐えかねて叫んだ。
それは間違いだった。致命的な間違いだった。
「バカども!ここから逃げろ!」ミナトが叫んだ。
怪物はほぼ無傷の装甲人員輸送車をつかみ、まるで紙粘土のおもちゃのように全力でスペシャリストたちへ投げつけた。数トン級の金属塊が彼らを押し潰しかけたが、イコライザーが超人的な力で受け止めた。それでも怪物は災害の如く、止める術はなかった。
ツナの網干渉も、マコトの糸による内臓抉りも、ミナトの背中から胸骨を貫く一撃も、効果はなかった。
狂乱の轟音と共に、酸素を貪る熱線ビームが怪物の口から噴出。その轟音・威力・温度は、最大出力のレールガンから放たれた砲弾を彷彿とさせた。
建物、アスファルト、空気。全てが蝋人形のように加熱溶解し、何ものも阻めなかった。強化鋼鉄のバンを焼け焦げた蝋燭同然に溶かし尽くした後も、ビームは止まらなかった。
蓄積されたエネルギーが尽き果てた時、ようやく怪物は鎮まり、その怒りを二人のスペシャリストに浴びせた。
不気味な笑みを浮かべ、自らの手で生み出した灼熱の地獄の余波を見つめていた。この温度では、彼らの遺骸は灰の山すら残らないだろう。
誰も、見た光景の後で言葉を紡ぐ力などなかった。特にミナトは。またか。またしても、彼は何もできなかった。ただ無表情に、二人のスペシャリストが消えた溶鉱炉を凝視するだけだった。
劇的な叫びも、ファンファーレもない。二人は一瞬で無に帰した。そして彼は、まったく何もできなかった。救えなかった。救うべきだったのに。
「この…この…クソ野郎!」
抑えきれない怒りに駆られ、ミナトの手は痛みをものともせず、怪物の鋼鉄のように硬い背中を突き破り引き裂いた。
彼の手は肋骨を砕き、この下劣な化け物の骨からできた鋭い破片を二枚引き抜いた。片方の破片で怪物の脚の腱を切り裂き、巨体を膝をつかせると、もう片方で頭蓋骨を突き刺し、脳天を割って脳髄を貫いた。
痛みに反応した怪物は悲鳴を上げ、鋭い爪でミナトを掴み、その体を貫いて頭上に持ち上げた。もはや快楽をもたらさない厄介なおもちゃを粉砕するつもりだった。
その惨劇を目撃したアラナギは、ビームが発射された瞬間に目を覚ました。彼女は笑った。大声で、必死に笑った。それは陶酔の笑いでも、勝利者の笑いでもなく、現実との最後の繋がりを失い、次第に正気を失っていく狂人の笑いだった。
「考えてみろ!自分が望んだことをしていると思っていた時でさえ、あいつは俺を操っていた!あいつの思うままに踊らされていたんだ!」
彼女が笑ったのは、周囲の悲劇に対してではなく、何よりも自分自身に対してだった。自らの愚かさと虚栄心に対して。その虚栄心の代償を払ったのは彼女だけでなく、周囲の全ての人々だった。
彼女は、どんなに努力しても決して修正できない過ちを笑った。もう何も残されていないからだ。娘を元の姿に戻すことも、数多の死の責任者を殺すこともできない。だが彼女だけが、自らの行いの結果に一人で答えねばならない。
それはもはや耐えられない責任だった。震える手が、手近にあったスオウの轎の窓ガラスを掴み、自らの喉元へ向けられた。
全てに別れを告げようとしたその時、取り返しのつかないことをする前に、マコトが彼女の手首を掴んだ。
「自責の念に駆られて自殺する時間があるなら、この化け物を倒す手助けをする時間もあるはずだ」
「ふん、私の言葉に重みがあると思う? 信じる理由なんてないだろう…」しかし言い終わる前に、真琴は彼女に顔を寄せた。周囲で繰り広げられる悪夢にもかかわらず、優しく微笑んでいた。むしろ、この状況だからこそ、正気を保つために無理に笑みを浮かべていたのだ。
「そのリスクを背負って、君を信じる。今の君が嘘をつくはずがないと知っているから。本物のアラナギしんそうさんは、人を愛しすぎる人間だから」確証も絶対的な確信もない。ただ一人の人間への信頼、自分と同じくらい人を愛しているという信頼だけ。だからこそ、このまま見過ごすわけにはいかないのだ。
肋骨の破片を脳天に深く突き刺す。まるで脳手術の針のように。ミナトは怪物に掴みかかられるのを強引に振りほどき、距離を取るために跳び退いた。
出血し、体中がザルのように穴だらけになった今、攻勢に出ることはできない。激怒した獣が掌で地面を叩き、再び衝撃波を放ったが、それはむしろ競走前の雄牛が蹄を叩くようなものだった。
再び暴れ出した怪物は、抑えきれない暴力の奔流でミナトを襲う。一撃ごとに地面を切り裂き、一撃ごとに致命傷となり得、一撃ごとにミナトをかすめる。消耗戦であり、ミナトに優位など微塵もなかった。
尾の硬い先端で折られたばかりの脚が、数秒間彼を麻痺させた。
再びその口から深紅の霧が漂った。それはただ一つのことを意味していた――再び熱線を発射し、ミナトをこの世から消し去ろうとしているのだ。
今こそそれを使える。彼の特殊能力だ。怪物のあらゆる攻撃を無効化し、脱出を可能にする力。だが彼はそれを発動できなかった。この能力を使うことさえ、一瞬たりとも自分を許せなかった。一瞬だけ目を閉じると、そこには死体の山しか見えなかった。
自らの手で積み上げた死体の山。そしてこの化け物は、まるで彼の処刑人のように、その罪を罰しているかのようだった。
遠くでくすくす笑う声が聞こえた。だがそれはアラナギしんそうのヒステリックな笑い声ではない。むしろ、静かで、かろうじて抑えられている、今にも笑い声に変わりそうな笑い声だった。
音の源へ向き直ると、時間は凍りついていた。そこには彼と、霧でできた人影だけがいる。その声は不気味なほどに、彼自身の声に似ていた。
「お前は誰だ?俺のボッダか?」ミナトは嘲るように問いかけた。だが声はただヒステリックな笑い声へと変わり、この状況におけるミナトの無力さを嘲笑った。
「まったく哀れだな!心底気持ち悪い!まだ何も理解できないなら、狂犬のように死んだ方がましだ!」声は叫び、再び笑い声を上げた。
ミナトはこの影の正体を理解できなかったが、時間は容赦なく流れを再開し、死の一歩手前にいる冷たい現実へと彼を戻した。しかし運命は独自の計画を持っていた。
鋭い糸が眼のない怪物の頭蓋骨に食い込み、肉切り包丁で肉を切り分けるように肉を断ち切った。頸椎を断ち切った後、マコトは首をひねり頭部を後ろへ反らせると、炎の柱のように暗黒の天を貫く熱線を発射した。
これにより、ミナトは再び死の淵から逃れることができた。次こそは生き延びられないと彼は悟った。
「ありがとう」ミナトはかすれた声で言った。
「礼なんて言うな。ただ借りを作るのが嫌いなだけだ」真琴もまたかすれた声で返した。その言葉にミナトは彼女の真意を疑った。
彼女は頭の中でアラナギの言葉を繰り返し再生した。何度も何度も、解決策がすぐそこにあることに気づく。
「外部の干渉によって現れた。したがって、それが私の中から現れた以上、ネットワークを掌握してしまった。。破壊されれば、怪物だけでなくネットワークそのものが消滅する。だが攻撃のたびに異常な再生と適応を繰り返すのは、かえって邪魔になる」
彼女は心の中でこの言葉を反芻した。あらゆる能力を無効化する特殊能力者・ミナトなら、この存在を完全に破壊できると知りながら。
だが彼はそれを憎んでいる。魂の底から憎んでいる。もし「憎悪」という文字が彼の身体の全ての細胞に刻まれても、その憎しみの百分の一すら伝えきれないだろう。
だがアラナギは知っていた。彼の憎悪の理由を、文字通り内側から彼を蝕む耐え難い罪悪感を。そして彼は躊躇していた。自らの無為が人命を奪うのを目の当たりにし、決意は弱まるばかりだった。
今必要なのはほんのわずかな後押しだ。なぜならもしミナトが自らの魂からこの腐敗を引き裂く決断を下さなければ、この化け物が彼らを滅ぼすからだ。
「後方に留まるべきだ。さもないと、真っ先に撃たれる」ミナトはアラナギしんそうに言ったが、彼女は微動だにしなかった。
「構わない。この化け物を生み出した責任は私にある。だから自分に何が起ころうと構わない。死んでも構わない」アラナギは答えた。特に自分がしたことを考えれば、命を危険に晒す価値などないと思っていた。
彼女は希望を失っていた。死は罰というより、むしろ贖罪となるだろう。
「おい、疲れたら俺が代わるぜ。このクズが血を流してるってことは、殺せるってことだろ。単純な話だ」とマコトは言ったが、ただ立っているだけでも彼女にとっては拷問だと見て取れた。足は震え、熱があるかのように汗が全身を伝っていた。
彼女の言葉が、彼に自分がどれほど情けない存在かを悟らせる最後の決め手となった。
誰もがそれぞれの理由で戦っていた。復讐のため、慈悲のため、他に選択肢がなかったから。だが彼は何のために戦う?なぜ戦場へ赴く?
罪悪感を麻痺させるため?助けるため?この弱々しい欲望に何の意味がある?
始めたことを、信じることを成し遂げるためなら死をも厭わない者たちがいるのに、彼の揺らぐ決意に何の価値がある?
ツナは動けなかったが、殴られてもなお、全身全霊で網に抵抗した。他に選択肢がなかったからだ。
真琴は、傷を負いながらも、その願いが単純明快であるにもかかわらず、最後の血の一滴まで戦う覚悟があった。
アラナギしんそうはとっくに自分を諦め、何でもする覚悟だった。たとえ自分を人間として見る者がいなくとも。たとえ全世界が敵となろうとも、彼女は正しいと信じることを貫く。
そして彼?彼は罪悪感ゆえに、恐怖ゆえに、あまりにも簡単に諦めた。自らの利己心ゆえに何度も何度も投げ出し、全てを捨て去ろうとし、前に進めなかった。人間と呼ぶ資格などない。
誰もが悲しみと苦難を経験するが、人は自らの中に前進する力を見出す。
この腐った死体の沼の真ん中で立ち止まるだけで、彼は人間以下の存在になるのか?答えは最初から明らかだった――もし生き続けることを許さず、この悲しみや罪悪感を受け入れることを拒むなら、彼は何一つ成し遂げられない。
「白き灰となる覚悟がなければ、燃える資格はない」
みなとが静かに呟いた。
怪物の爪が振り下ろされかけた瞬間、みなとの前髪から黒い火花が散るのを見た。他者に植え付けた恐怖が今や自らを圧倒したが、時すでに遅し。
みなとは静かに一歩踏み出し、そっとまことやあらなぎを脇へ押しやった。
左手を伸ばすと 掌から幾筋もの激しい火花が散ったが、次の瞬間、雷鳴のような轟音と共に、うねる黒い稲妻が噴き出し、怪物に襲いかかってその肉体を引き裂き、跳び退かせた。
熱量と威力において、これらの稲妻は怪物の熱線の数倍を凌駕し、怪物に耐え難い苦痛の悲鳴をあげさせた。
制御不能な電気の放出がミナトの手を痙攣させ、焦げた肉の臭いが立ち込めた。だが彼は構わなかった。後戻りはできない。ただ前へ進むだけだ。
「アラナギしんそうさん、君は気にしてないかもしれないけど、君の死を望んでない人間もいる。もし彼らが目を覚ました時に、あなたがそこにいなかったら悲しいだろう。 」静かにそう告げると、ミナトは三十メートル先にある怪物へと歩みを進めた。
マコトが彼の表情を捉えたのはほんの一瞬だった。ほんの少しの火花でも彼を怒らせるのに、ましてやこの規模の爆発など。だが彼の顔は平静だった。いや、むしろ謙虚さが宿ったような表情だった。
怪物が肉体を修復しようとする試みは、状況を悪化させ、腐敗の過程を加速させるだけだった。
再び。再び、拒絶され、辱められた者は、どんなに努力しても押し潰される。そしてミナトは、絞首台へ向かう死刑執行人のように、犠牲者へと歩み寄った。
怪物の尾が毒蛇のように獲物へ飛びかかるように、ミナトへと巻きつき伸びた。同時に、もう一本の熱線がその口から発射され、彼らの方角へ向けられた。怪物が自らを傷つけようとも構わない。それがミナトの死を意味するならば。
しかしそれは全て無駄だった。ミナトの手のひらが黒く変色し、膜のような形状の衝撃波がそこから爆発した。
尾は塵と化し、光線は風に乗ったタンポポの綿毛のように空中で舞う無数の火花へと散った。
「おい、化け物。なぜタナトスなのか知りたいか?」ミナトは静かに問いかけた。
返事を待たず、彼は最後の突撃を仕掛けた。化け物はアラナギの数倍の強度を持つ半透明の力場を自身に張った。
「お前は創造主以上に厄介だな」とミナトは思った。
黒く輝くエネルギーの塊が彼の手から噴出し、刈り取り時の鎌のように伸びた。
溶けたバターのようにフィールドと怪物そのものを切り裂き、鎌は右肩から左腰まで斜めに切り込んだ。数千倍に増幅されたプラズマカッターのようだ。
両半身は地面に落ち、再び結合しようと蠕動する蠕虫のように蠢いた。残された胴体は再び膨張を始め、怪物の体躯をさらに巨大化させた。
「傷を負うたびに本当に大きくなるんだな。しぶとい寄生虫め。中核がなければ、ただ焼き尽くせばいい」ミナトは冷たく鈍い眼差しで生物を見つめながら、そう考えた。
上半身が仰向けに倒れると、ミナトはそれを招待状と受け取り、その上に乗り上げた。そして混沌の稲妻を放ち続けた。
「お前は憎悪の化身に過ぎず、人間の心の望みなどではない。ただの偽物だ。この世に居場所などない。だからこそ…」稲妻が狂ったように踊るかのように彼の周りを舞い、狂乱へと突入しようとしていた。
彼の顔は無表情だった。彼にとってはいつものことだが、怪物にとっては恐ろしいほどだった。この世の不条理への諦念だけがそこにあった。
「だからこそ、お前を喰らってやる」
踊る嵐は一瞬消え、罪人を見下ろす手の中に吸い込まれるように消えた。その手は原初の罪のように黒く、死刑宣告を下そうと構えていた。手は怪物の胸を貫き、直径四メートルの柱を形成する、全てを飲み込む雷鳴の轟音を解き放った。
災厄の口のように全てを飲み込むその柱は酸素を貪り、熱気で空気を焦がし、漆黒の虚無が地と裂けた空を貫く。
「驚異的だ。この力は数千人の力を超えている。お前が『喰らい手』というものか」とアラナギしんそうは呟き、この物語の終焉を見届けると、疲労で意識を失った。
その後、誰もが相応の報いを受けるだろう。彼女もまた、ついに逃れられない罰を受けるのだ。
雲の裂け目の傍ら、自ら生み出した灰の上に立つミナトは、ただ黒く焼け焦げた自らの手を見つめていた。その手は、内部で花火が炸裂したかのように見えた。
神経の末端が痛みで悲鳴をあげていたが、彼は気にも留めなかった。怪物はいびつな夢のように消え去ったが、胸の痛みは彼と共に残った。
大型スクリーンは灰色のノイズに覆われていた。ミナトの電気攻撃が監視用の近傍昆虫を全て無力化したのだ。破壊直前に捉えられた最後の瞬間は、ミナトの掲げた手と、街の隅々まで見渡せる閃光だった。
男はサディスティックで微妙な笑みを浮かべ、指を革張りの椅子に食い込ませながら画面を凝視した。彼は望むものを見た。無限の可能性と、生身となった死そのものを。
その笑みは残酷でありながら、あまりにも人間的だった。
「その通りだ。今こそお前が真の姿を見せたな、小僧。大いなる収穫を刈り取ろうとする貪り手。死。世界を滅ぼす者だ」男は満足げにそう言い放った。
水槽の中の少年の腐敗した死体など、まるで内装の一部であるかのように、彼は全く気にも留めなかった。
「まったく、落ち着けなんて言うくせに。お前はやっぱり偽善者だな、ゼロ」




