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エピローグ:雨音のソナタ

 三重県の海岸沿いに建つ、穏やかな有料老人ホーム。

 その最上階にある二人用の部屋には、いつも潮騒の音と、古いキャンバスの匂いが漂っていた。


 再会してから数年。蓮と紬は、失われた四十年の空白を埋めるように、静かに寄り添って暮らした。蓮の足は再び弱まり、紬の耳も遠くなっていたが、二人に言葉は必要なかった。

 車椅子を並べ、沈みゆく伊勢湾の夕日を眺めながら、ただ手を握り合う。それだけで、彼らの「暗号」は完成していたのだ。


「蓮くん、外は雨ね」


 ある午後のこと。ベッドに横たわった紬が、微かな声で呟いた。

 隣のベッドで同じように横たわっていた蓮が、ゆっくりと彼女の手を探し、指を絡めた。


「ああ……あの日と同じ、優しい雨だ」


 二人は見つめ合い、穏やかに微笑んだ。

 抗いようのない眠気が、二人を同時に包み込んでいく。

 握りしめた手の力は、最後まで解けることはなかった。

 窓を打つ雨音が、彼らを永遠の眠りへと誘う子守唄となり、二人はまるで一つに重なるようにして、静かにその生涯を閉じた。


 数日後。

 葬儀会場には、ショパンの『ピアノソナタ第1番』が静かに流れていた。

 初期の作品特有の、瑞々しくもどこか憂いを帯びた旋律が、参列者の心に深く染み渡っていく。


 祭壇には、二つの棺が並んでいた。

 蓮の家族と、紬の家族。かつては別々の道を歩んだ二つの家族が、今は一つの大きな円となって、二人を見送っている。


 遺影に使われたのは、再会後に二人が寄り添って撮った一枚の写真。

 そしてその隣には、あの「非売品の肖像画」が飾られていた。  

 会場の外では、あの日と同じ、細かな雨が降り続いていた。

 けれど、参列者の誰一人として、それを忌まわしい雨だとは思わなかった。

 それは、四十年の歳月をかけてようやく一つになれた二人を、優しく包み込み、天国へと送り届けるための、祝福の雨だったから。


 翼と結衣が、互いに顔を見合わせて頷く。

 彼らの記憶の中にある「母」は、最後まで誰よりも幸せな、恋する一人の女性だった。


 音楽が最高潮を迎え、やがて静かに消えていく。

 雨音だけが残された会場で、二人の魂は、あの夏の日の国道二十三号線を、自由な足取りでどこまでも駆けていった。


 ――完――



この作品はAI40%、筆者60%で書きました。

原案100%筆者。

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