第一章:三〇五号室の沈黙
世界は、青いストライプのカーテンで仕切られていた。
横たわったまま見上げる天井の白さは、僕から色を奪っていく。
二十二歳の夏。僕の四肢は、目に見えない鎖に繋がれたように重くなっていった。昨日は動いた指先が、今日はピクリともしない。神経の伝達が途切れるたび、僕という存在が少しずつ、この世界から削り取られていくような恐怖があった。
ガタゴトと、廊下を走るワゴンの音が近づいてくる。
午後の熱を孕んだ風が、開け放たれた病室の窓から入り込み、僕の頬を撫でた。
「失礼します」
聞き慣れない、透き通った声だった。
病室の重苦しい空気を切り裂くように、その人は現れた。
白いユニフォームが眩しくて、僕は思わず目を細める。逆光の中に立つ彼女のシルエットは、まるで描きかけのキャンバスに初めて落とされた、鮮やかな一滴の絵の具のようだった。
「本日から三週間、看護実習でお世話になります。森下紬です」
彼女が僕のベッドサイドに歩み寄る。
緊張しているのだろう、手にしたバインダーを握る指先がわずかに震えている。けれど、僕の動かない足元を見つめるその瞳には、憐れみではない、もっと別の……何かを見定めようとする強い光があった。
僕は、わざと視線を窓の外に逸らした。
「……実習なら、隣の爺さんたちにしてくれ。僕は見ての通り、話すこともあまりないから」
投げやりな言葉を、彼女は柔らかな沈黙で受け止めた。
沈黙の間、蝉の声が遠くで激しく鳴き立てている。
「一ノ瀬さん」
彼女は僕の視線を追うように、窓の外を見た。
「あそこの入道雲、何に見えますか?」
唐突な問いに、僕は不意を突かれた。
ゆっくりと視線を戻すと、彼女は少しだけ口角を上げ、はにかむように笑っていた。
その笑顔が、僕の絶望の淵に、小さな、けれど消えない火を灯したことに、僕はまだ気づいていなかった。
カーテンの向こう側で、運命の歯車が静かに、そして残酷に回り始めた音がした。
この作品はAI40%、筆者60%で書きました。
原案100%筆者。
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