プロローグ:琥珀色の追憶
降り続いた雨は、夫の四十九日を境にぴたりと止んだ。
湿った土の匂いが立ち上る午後の庭を、居間の窓越しに眺める。六十五歳になった私の指先は、いつの間にか、かつてケアした患者たちのそれと同じように、細かな節が目立つようになっていた。
遺品整理の手を止めると、埃の舞う光線が書斎の奥へと差し込んでいる。まるで、そこに何かがあると手招きしているかのように。
天袋の奥底、古い段ボール箱の隙間から、私は一束の紙の塊を見つけた。
それは、時の流れに洗われ、琥珀色に変色した色紙だった。
指先が震える。紙の表面を撫でると、鉛筆の黒鉛がわずかに指に残った。
そこに描かれていたのは、若き日の私だ。看護学校の卒業を控え、希望と不安が入り混じったような、今にも語りかけてきそうな瞳の少女。
「……蓮くん」
その名は、喉の奥に固まっていた澱のように、音もなくこぼれ落ちた。 あの日。私は彼との思い出を、心の最も深い場所に埋葬したのだ。彼という存在を、自分の中で「天国へ旅立った人」として完結させなければ、その後の人生を歩んでいくことなど到底できなかった。
色紙の隅に記された、鋭く、それでいてどこか儚げな『Ren』の署名。
窓から差し込む西日が、色紙の余白を赤く染め上げる。その色は、あの日、京都の鴨川沿いで見た夕刻の色彩に、あまりにも似ていた。
なぜ今、これが出てくるの。
終止符を打ったはずの物語が、掠れた鉛筆の線から再び脈打ち始める。
私は、四十年分の歳月を逆流するように、意識が遠のいていくのを感じた。
――静まり返った神経内科病棟。
――消毒液と、夏草の匂い。
――そして、あのカーテン越しに交わした、二人だけの合図。
この作品はAI40%、筆者60%で書きました。
原案100%筆者。
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