007
「聞き方を変えましょう。
なぜクラトスさんは王家直属の護衛軍に入隊したのですか?」
アストレアの視線は冷やかしで聞いているようなものじゃない。
クラトスはそう悟って、アストレアの顔色を伺いながらゆっくりと話し始めた。
「...入隊した理由は生きていくためだ。
俺は孤児院の出で、両親は見たこともない。
孤児院にいられるのは精々10歳くらいまでだ。そこからは自分の力で生きていくしかない。
そんな年のガキを雇ってくれるところなんて普通ないだろ?
でも軍は違う。入隊試験を受けられるのは10歳からだからな。」
「...ご不快になるような事を聞いてしまい、申し訳ございませんでした。」
「謝らないでくれ。俺は気にしていない。」
「そういう問題ではありません。」
「いいんだ、本当に。
今は部下にも囲まれてそれ何り幸せな日々を過ごしている。
じゃあお詫びってことで俺の質問にも答えてくれ。
なぜ入隊理由を聞いたんだ?」
アストレアは俯いた後、無言で防音魔法を地下室全体に張った。
一瞬の出来事でクラトスは驚いたが、ここからが聞かれてはいけない話なのだと理解した。
「私は王家も魔法七賢人も信用していません。
はっきり言って嫌いです。
その理由は王家と魔法七賢人のみが使用することができるレガリアにあります。
杖は本来どんな魔法が得意で、どんな魔法を使うかによって私のようなマイスターやマスターの称号を持つ者が仕立てます。
でも、今のレガリアは固定なんです。」
「固定?」
「クラトスさんはどのようにして杖無しが杖を持たずして魔法を行使できていると思いますか?」
「...自力で魔力を魔法に変換できるからだろ?」
「そうです。」
「...さっきから何の話をしているんだ?」
「魔物はすべての個体が自身の持つ魔力を魔法に変換できるんです。
それができる人間を杖無しと呼ぶんです。」
「...」
「魔法が杖無しでは発動できない理由は、魔力を魔法に変換する機能が人間には備わっていないからです。
それを解決するために用いたのが杖です。
魔物の素材を杖に使うのは、すべての個体が魔力を魔法に変換することができ、かつ個体数も多く、杖を作るのに都合がいいからです。」
そこまで聞いてクラトスはアストレアが何を言いたいのかやっと理解した。
レガリアがどうして王家や魔法七賢人のような限られた人間しか持つことが許されないのか。
それは量産することができないからだ。
つまりそれは...
「...レガリアの素材は”杖無し”ということか?」
「...はい......そうです。」
考えたことも無かった。
杖の素材が魔物以外でできていることを。
しかもその素材が人間であることを。
「嘘だ。」
「...嘘ではありません。
クラトスさんは王家の杖を見たことがありますか?」
その質問に「ある」と答えることができなかった。
王家直属の護衛軍に所属しているクラトスは何度も王家を目にしている。しかしどれだけ思い返してみても杖を持っているところを見た記憶がない。
クラトスの呼吸が浅く荒くなっていく。
「待て!レガリアを持つことができるのは王家だけじゃない!
魔法七賢人もそうだ!
俺はユースティティア様の杖を見たことがあるぞ!」
クラトスのその発言にアストレアは間髪入れずに的確な回答をした。
「クラトスさんが見たことがあるのは、フォグの杖だけですよね。
フォグだけですよ。レガリアを使っていないのは...
フォグがなぜこの依頼を私にしたいのか、もうお分かりですか?」
「...」
「クラトスさんは最初私をみて、杖無しかどうか聞いてきたの覚えてますか?
あの時は少し黙ってしまって、誤魔化すように違いますと言ってしまいましたが...
クラトスさんになら言ってもいいでしょう。
私は”元”杖無しです。」
「それはつまり...」
クラトスは息を呑んだ。
アストレアの口から告げられた衝撃の事実。
レガリアの素材が杖無しであるということ。そしてアストレアが元杖無しということ。
この二つから導き出せる答えは、アストレアを素材としたレガリアが存在しているということであった。
「アストレア...君の右目が義眼なのは...」
「そうです。私が杖無しでいるために必要な器官が”右目”だったんです。
きれいにくりぬかれましたよ。」
ハハハと笑顔で語るアストレアに、クラトスはひどく心を痛めた。
とてもじゃないが笑顔で語れる内容ではない。
いや、笑って済ませる話じゃない。
クラトスの表情は形容しがたいモノとなっていた。
「先ほど私が王家や魔法七賢人の杖を見たことがあるかと聞きましたよね?
実はクラトスさんは奴らの杖を見たことがあるんですよ。」
「見た記憶がないが?」
「杖無しは身体のどこかの器官が人間を杖無しという存在にしているんです。
私の場合は右目です。
クラトスさんに杖の形について説明した時のことを覚えてますか?
指揮棒型や箒型、本型や腕輪型など様々な形があります。その形にするためには加工する必要があります。
もしそれが加工しなければ、どうなりますか?」
「器官の...移植?」
「察しがいいですね。
私の右目は誰かのレガリアとして、そして右目として移植されているんでしょうね。
私の場合は右目でしたが、中には耳だったり、歯だったり、臓器だったりする杖無しもいるみたいですよ。
だから、クラトスさんが杖と認識していないだけで実は王家や魔法七賢人の杖を見たことがあると思います。」
クラトスはただただ黙るしかなかった。
信じがたい話だが、アストレアが嘘をついているようには思えない。
しかし、そう簡単に信じられる話では無かった。
「入隊理由を聞いた理由は聞かれましたよね。
もう分かったはずです。」
「...すぐには信じられない。」
「お話を聞いていただけただけで十分です。」
アストレアは微笑み、リヴィド色の髪を揺らしながらクラトスに返事をする。
その微笑みは笑っているようにも、泣くのを我慢しているようにも見えた。
沈黙が続く。
クラトスはそんな無言に耐え切れなくなったのか、アストレアに対して質問を投げかける。
「俺の熱感知魔法について、あれはどういうことなんだ?」
「...あぁ、それはですね。杖を探す事ができるんですよ。
フォグも不親切ですよね。
どうせ詳しい話は私に聞けとか言ったんじゃないですか?」
図星である。
アストレアの推測は正しく、クラトスはその発言を肯定するほかなかった。
それを聞いたアストレアは大きく溜息をつき、呆れたようにクラトスの魔法について説明をした。
「杖無しと杖無しとしている器官は、生きてるんですよ。
つまり、クラトスさんの熱感知魔法で感知することができるんです。」
クラトスはその重大さにまだ気が付いていなかった。
レガリアを見つけることのできる魔法の重大さ。その重要性に。
「クラトスさん。
この依頼は断ってください。私だけでやります。」
それを聞いたクラトスの表情は俗に言う鳩が豆鉄砲を食ったような表情であった。
アストレアは自分だけでその依頼をこなし、クラトスは身を引くようにというその意味が分からなかった。
クラトスは少し大きめの声で「なぜだ」と問いかける。
至極当然だろう。
そもそもクラトスはアストレアをおびき出すためだけにこの依頼を受けたようなものであるが、軍人として、男としてのプライドは持っている。中佐という立場上、責任感もある。一度引き受けた依頼を別の人が担当することになったからと言ってそう簡単に「分かりました」と身を引けるほど腐った考えは持ち合わせていない。
「理由は一つ。
あなたが王家直属護衛軍に所属しているからです。
レガリアを破壊するということは、国の在り方を否定するのと同義なんです。
それを一介のマイスターが実行するのと、王家直属護衛軍所属の軍人が実行するのとではわけが違います。
あの魔法七賢人の中でも風の王の異名を持つフォグですら、レガリアの破壊を自身では行わず、私に依頼をするくらいですよ。
クラトスさん。あなたはこの依頼を断ってください。」
クラトスは疑問を思い出した。
それはレイン・アストレアとフォグ・ユースティティアの関係性である。
アストレアの言っていることは理解はできたのだが、それ以上に魔法七賢人であり、風の王と呼ばれるユースティティアがレガリアの破壊を依頼するほどの関係性。そこには信頼以上の何かがあるように思えた。
もしかして二人は付き合っているのか。もしくはそれに近しい間柄なのではないのかと気が気でならない。
「アストレアはなぜ、そんな危険な依頼を引き受けるんだ?」
「...それが私がフォグと交わした契約だからです。」
「契約?」
「はい、私とフォグは利害が一致してるんです。
私は右目を取り戻したいけど、レガリアの情報を手に入れることができない。
フォグはこの世すべてのレガリアを破壊したいけど、そんなことができる立場じゃない。
私とフォグは共闘してるんです。
レガリアの在り処を私に共有する代わりに、レガリアの破壊を代行する。
そんな契約です。」
「そんな重要なことを俺に言っていいのか?」
「聞いてきたのはクラトスさんじゃないですか。
それに遅かれ早かれ、知ることになっていたと思いますよ。
そうなんですよね?」
急にアストレアは無に向かって、意見を求めるようにそう言った。
その問いかけが自分宛てではないことがわかると、クラトスはアストレアが顔を向けている無の方向を向いた。
そこにはアストレア工房の地下と地上をつなぐ階段があった。
『さすがレインだねー。いつから気づいていたのー?』
無から徐々に姿が露になる。
そこには魔法七賢人のみが羽織ることを許される純白に金のラインの入ったローブ姿といういつも通りの格好ではなく、真逆の黒のVネックのロングTシャツに黒のスキニーといった服装のフォグ・ユースティティアがそこにはいた。




