010
洞窟の奥に進むにつれて大きくなる水の音は、薄い水たまりのようなところの上をチャプチャプと跳ねているときの音だということが分かった。
その音の大きさに比例するように湿っぽい感じの臭いから、獣となにやら血生臭い臭いへと変わっていった。
おそらく洞窟の奥で魔物か動物かの縄張りだったのか争ったのだろとクラトスは推測していたが、アストレアの表情は奥に進むにつれてこわばっていく一方だった。
「クラトスさん。
レガリアを破壊するか封印するかの判断は私に任せてもらってもいいですか?」
「...あぁ構わないが、何か基準があるのか?」
「そうですね。もう人じゃなくなったら...ですかね。」
「それはどういう意味だ?」
「...実際に見た方が早いと思います。
クラトスさん、どんな杖の形だったとしても驚かないでくださいね。」
「...わかった。」
洞窟を進んで2時間程経過しただろうか。
慎重に進んでいたため、時間こそかかってしまったが、ようやく洞窟の最深部へとたどり着いたようで、その手前あたりからクラトスの熱感知魔法に反応があった。
「アストレア。俺の魔法に反応があったぞ。」
「やはり最深部でしたか。
ダンジョンになる前だったので、一本道でしたね。良かったです。
それで...反応はどうですか?」
「反応があるのは複数だが...おそらく生きているのは1つだ。
だがその周辺にも何かが複数いる。」
「...そうですか。
クラトスさん、その反応があるものがレガリアです。
そして、レガリアは破壊しましょう。」
クラトスはアストレアのその判断の速さに驚きを隠せないでいた。
目を見開いた状態でクラトスは結論を出すのは早いのではないかと投げかけるも、軽く首を振り早くはないと否定するアストレア。それに続くようにアストレアは口を開き、クラトスに伝えた。
「見ればわかります。」
その声色は低く、なにか悲しい雰囲気があった。
泣き出しそうというわけではないが、唇を噛みしめ何かを悟ったかのような声。
その言葉にクラトスは声を出すことはおろか、首を振ることもできないでいた。
「いきましょう。」
アストレアのその言葉を合図にクラトスたちは一気に洞窟最深部のひらけた場所へと降り立った。
最深部は卵型の空洞になっており、洞窟内に比べ天井は高い。
この空洞に入るためには洞窟内の一本道が突如としてなくなり、その崖のようになった箇所を降りることで初めて空洞に入ることができる。
そんな空洞の形をしているためか、空洞内は空気が淀み洞窟内の道とは比べ物にならないほどの獣と血生臭い臭いが充満していた。
思わず口元を塞ぐクラトスは、光源となる火球を天井に届くほど打ち上げ、空洞内を明るく照らす。その眩しさに一瞬目が霞むが、細目で空洞内の状況を確認する。
空洞内の光景を見たクラトスは眩しさなど気にすることなく、目を見開くこととなった。
「なんだ...あれ?」
「...あれがレガリアです。」
クラトスが目にしたのは、ただ一か所を飛び跳ねる人間の左脚であった。
太ももより下全体が飛び跳ねていた。一瞬マネキンか何かかと思ったがその質感はまぎれもなく人間の脚であり、その脚はドス黒い血痕でつま先からふくらはぎにかけて汚れていた。
レガリアの周りには魔物の死体で溢れかえっており、足元は魔物の血液で水たまりのようになっていた。獣と血生臭いにおい、そして水たまりの上を跳ねるかのような音の正体が判明した。
「あれがレガリア...だと?」
「えぇ、そうです。
そしてもうあれは人としての何かを失っています。
...きますよ!」
その瞬間左脚のレガリアの周辺に大量の魔法陣が展開され、氷槍と氷弾の一斉射出が行われた。
それに合わせるようにアストレアはいつくかのガラス玉を空に向かって投げ光属性魔法の空間結界魔法を展開する。本来であれば空間そのものを固定し、相手を拘束する結界魔法なのだが、無を固定することで正面からの攻撃を防ぐ防御壁の役割を果たす。
「助かった!」
「いえ。でもそう長くは持ちません。」
「ちと熱いかもしれねーが、我慢してくれ。」
そういうとクラトスはアストレアを抱き寄せると、自身とアストレアを炎の渦で囲んだ。
その魔法の展開の速さに驚くアストレアだったが、クラトスから質問を受け一旦驚くのをやめ回答する。
「レガリアは杖なんだよな?
ならどうしてレガリア単体で魔法が使える?」
「魔法は魔力さえあれば、行使できます。
魔物が詠唱もなく魔法を行使できるのはそのためです。
本来魔法に詠唱は不要ですからね。」
「...つまり。」
「えぇ、左脚のレガリアは魔法を行使するために魔力の糧となる魔物を狩っていたんです。
かなり厄介ですね。一瞬しか見えませんでしたが、左脚のレガリアの周りに転がっていた大量の魔物の魔力を全て魔法に変換してくるとなると、かなり強力です。
それから...」
「ん?」
「ちょっと、く、苦しいです。」
クラトスはそこでアストレアの事を無意識に抱き寄せていたことを自覚する。
クラトスの左手はアストレアの細い腰をがっしりと掴んでいた。その感触を忘れないようにするためか、アストレアを火から守るためかは本人の知るところだが、何度か触れる位置を変えて抱き寄せていたらしく、その勢いのままアストレアはクラトスの胸に顔を埋めるような姿勢であった。
つまり、二人は密着していたことになる。
「す、すまない!」
「いえ、大丈夫です。
それより作戦を練りましょう。」
クラトスは咄嗟に両手を顔より上にあげ、触っていませんポーズを取るがそれを全く気にしていないアストレアは淡々と作戦について話し始めた。
「十中八九あの左脚のレガリアの得意魔法は水属性です。
氷単体であればクラトスさんが有利でしょうが、まぁシンプルに水も使ってきますよね。」
クラトスさんはどの程度の水魔法であれば瞬時に蒸発させることができますか?」
クラトスは気にしているのは自分だけなのかと若干恥ずかしくなるも、軍人である彼の切り替えは早かった。目の色を変え、作戦会議と聞けば自分も意見を出せるそんな男であった。
「あまり当てにしないでほしい。そんなレベルだろうか。
俺の場合は基本的に相殺だ。
水の初級魔法なら火の初級魔法を、水の中級魔法なら火の中級魔法をぶつけて相殺する感じだな。相手の技量や力量によるが、さっき放って来た氷槍や氷弾であれば初級魔法でどうにかできる。」
「え?
この炎の渦が初級魔法だということですか?」
クラトスはなんでそんなことを確認するんだ?と疑問を浮かべながらも当然のようにこれは初級魔法のファイアトルネードだと説明をする。それを聞いてアストレアは何かを考えるような素振りを見せた。
「ちょっと待ってください!
この威力で初級魔法と言うのは理解できません!
それにこんなに使い続けていたらこの空洞内の酸素を使い尽くしてしまいます!」
「それなら心配はいらない。
俺が火魔法を使うときには、風魔法で酸素を供給し続けている。
だから酸素が枯渇するなんて心配は不要だ。
それにアストレア。これは”君が作った杖”だからできることだ。」
ニカッと笑うクラトスは、アストレアの悩みを全て解決するものであった。
そんな微笑みかけられたアストレアは全幅の信頼を寄せるように、クラトスに語りかける。
「作戦を説明します!」




