EPISODE7 〝揺らぎ始めた光〟
*登場人物
綾瀬楓斗・・・ 大学3年生 / 芸術学部・映像専攻
小野夏海・・・ 大学3年生 / 教育学部・保育専攻
夏海side
夕暮れの河川敷。
風の匂い。遠くで鳴る電車の音。
すべてが、やさしく流れていた。
私の隣には綾瀬くんがいて
ただ、それだけで世界が少し優しく感じられた。
「夢って、叶うかどうかだけじゃないんだなって」
あの言葉は本当に、私の本音だった。
夢を見ることが、怖かった。
諦めるくらいなら、最初から持たない方がいい。
そうやって何度も、自分に言い聞かせてきた。
でも今、綾瀬くんのそばにいると、
“夢を見ている自分”を、少しだけ好きになれた。
──君は、私をちゃんと見てくれた。
──夢を持つことの意味を
もう一度思い出させてくれた。
綾瀬くんが言った言葉が
胸の奥で何度も反響する。
「エンドロールの最後、
“Special Thanks”に、君の名前を載せたい」
「“生きて、演じて
俺の夢に付き合ってくれた人”として」
その瞬間、涙がこぼれそうになった。
でも泣いたら終わってしまいそうでぐっと我慢した。
夏海「……それは、すごく、すごく嬉しいけど
……でも、私がもし途中で──」
綾瀬くんは遮るように言ってくれた。
「いい。最後までいなくても君の名前はそこにある
“君と一緒に見た夢”が、もう完成してるから」
その言葉が、あまりに優しくて。
私はとうとう、涙を止められなかった。
夕陽が沈む中、そっと口を開く。
夏海「ありがとう…綾瀬くん。
私…こんなにも
誰かの夢に必要とされたのはじめて」
その声は震えていたけど
どこか誇らしくて。
ほんの少しだけ“生きている”ことに自信が持てた。
「夢の終わりを隠して生きてきた」私が──
今、“誰かと見る夢の中で生きている”ってこと。
それは想像していたどんな未来よりも
ずっとあたたかかった。
私はそっと、綾瀬くんの方に顔を向けて
小さく、でも確かに言った。
夏海「……ねえ、映画の中の私は、どんな人?」
綾瀬くんは少し考えてから微笑んで答えた。
楓斗「誰よりも綺麗に夢を見てる人やな」
そう言ってくれたその目が
まっすぐで、泣きたくなるほど優しかった。
風が少し強く吹いた。
私はその風に背中を押されるように──
「よし、明日も頑張ろう」
小さく呟いて、目を閉じた。
──私はまだ、生きていた。
夢を見ている限り、ちゃんと、生きていられるんだ。
楓斗side
その日も、曇り空だった。
窓越しに見える雲は重たくて
太陽の気配はどこにもなかった。
けど──
俺の中では少しずつ光が見え始めてた。
夏海と出会って
卒業制作は“作品”じゃなく“願い”に変わった。
「ただ評価されたい」なんて気持ちは
もうどこにもなかった。
彼女を撮ること。
彼女の“今”を残すこと。
それが今の俺の、全部だった。
この日は撮影の予定は入れてなかった。
彼女の体調も考えて
少し間をあけることにしていたから。
でも夏海は「セリフだけでも確認しておきたい」って
ひとりで教室を借りて
少しだけ練習しておくって言ってた。
俺は午前中に教授室へ提出する書類があって
ひとりでキャンパスの別棟にいた。
渡すだけのはずが
「ついでにこの点だけ直せないか?」
って話になって少し時間が押していた。
それでも、気持ちは穏やかだった。
教室に戻ったら夏海が笑って出迎えてくれる。
たぶんあの照れくさそうな笑顔で
「ちょっとだけ頑張ったよ」なんて
言うんだろうなって。
それが当たり前になると思ってた。
そう思いながら
自販機で缶コーヒーを選んでいた。
ふとスマホが震える。
見覚えのない番号だったから
一瞬だけためらったけど──
なんとなく取らなきゃいけない気がして
通話ボタンを押した。
女性「……綾瀬くん、ですか?」
焦ったような声。
名前までは分からなかったけど
大学の事務室の誰かだった。
女性「小野夏海さんが……教室で倒れて。
たった今…救急搬送されました」
一瞬、時が止まったようだった。
女性「今、病院に運ばれています。場所は──」
声は聞こえているはずなのに
耳の奥で響いてるみたいで、遠い。
握っていた缶コーヒーが落ちて
コトン、と地面に転がった。
どうして。
なんで俺は今ここにいて
彼女は、あの教室で──
たったひとつ分かったのは
この日から俺の中で
何かが崩れていくってことだった。