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EPISODE6 〝夢の続きをもう一度〟

*登場人物

綾瀬楓斗・・・ 大学3年生 / 芸術学部・映像専攻

小野夏海・・・ 大学3年生 / 教育学部・保育専攻


楓斗side


拡張型心筋症──


彼女の口からその言葉を聞いた日。

俺は何も言えなかった。

いや、言っちゃいけないと思った。


中途半端な優しさも、同情も。

全部彼女にとっては

“現実を濁す音”になってしまう気がして。


だけど、それでも。


俺はカメラを構えた。

彼女が“まだ夢を見てる”なら

その景色を最後まで残したいと思ったから。


 


数日後。

俺たちは屋上でのシーンを撮影していた。


薄曇りの空。風の強さ。

決してベストな撮影環境ではなかったけれど

夏海は今日も「大丈夫」と笑った。


でも──

俺は気づいてた。


「大丈夫」の中に

どれだけの“痛み”が混ざってるか。


 


撮影が終わったあと。

彼女が休んでいるベンチにそっと腰を下ろした。


楓斗「……話してくれて、ありがとう」


夏海「え?」


楓斗「病気のこと。

…信頼してくれたって事でしょ??」


夏海「……うん。綾瀬くんなら

壊さずに受け止めてくれると思ったから」


その言葉に、胸がぎゅっと締めつけられた。


俺の中の“怖さ”はまだ消えてない。

彼女がいなくなる未来を想像するたびに

呼吸が浅くなる。


でも、怖いって思えるのは

きっと“ちゃんと好きになったから”なんやと思った。


 


楓斗「俺さ、思う事があって。

映画って未来に向けて残すものでしょ??

なら…誰かの記憶の中にもちゃんと“君”を残したい」


夏海「……記憶?」


楓斗「君が生きてたっていう証拠。

ちゃんと誰かの中に残るように」


夏海はしばらく黙ったあと、ぽつりと呟いた。


夏海「……やめてよ。そんなの

まるで私がこの先いなくなるみたいじゃん」


 


俺は言葉を飲み込んだ。


 


夏海「でもね──

ほんの少しだけ

そうなってもいいかなって思ってるの。

誰かの中に残れるならそれは

“ちゃんと生きた”ってことになるでしょ?」


 


涙なんて流していなかった。

でもその横顔は泣いてるみたいに静かだった。


俺は、何も言えなかった。


けれどこの時

決意だけは固まった。


 


『もし彼女が自分の夢に

幕を引かなきゃいけない日が来ても──

俺だけはそのエンドロールの最後の1秒まで見届ける』


 


──それが俺の“覚悟”になった。




──数日後。

ふたりでロケハンに出かけた帰り道

夏海がふいに足を止めた。


 


夏海「ねえ、綾瀬くん。

ちょっとだけ寄り道してもいい?」


楓斗「ん?……いいよ」




案内されたのは河川敷だった。

夕焼けが川面に映ってどこか映画みたいな景色。


彼女は何も言わず芝生に腰を下ろした。

俺もその隣にそっと座る。


 


しばらく、風の音だけが流れていた。


 


夏海「……小さい頃からね私

“大人になったら保育士になるんだー” って

言い続けてたの」


楓斗「うん。聞いたことある」


夏海「でもね、病気が見つかった時

“体力のいる仕事は難しいかもしれない” って

最初にお医者さんから言われたの」


楓斗「……」


夏海「その時思ったんだ。

夢ってさ、健康な人の特権なのかなって」


 


風の音が止まった気がした。


 


夏海「でも最近になって気づいたの。

夢って叶うかどうかだけじゃないんだなって。

“夢を見ていられる時間”があることが

もうそれだけで幸せなんだって」


 


俺は彼女の手にそっと触れた。

その指はもう震えていなかった。


 


楓斗「……夏海。

俺、君にお願いしたいことがある」


夏海「……なに?」


 


楓斗はポケットから一枚の紙を取り出す。


 


楓斗「エンドロールの最後

“Special Thanks”に君の名前を載せたい」


夏海「……出てるのに?笑」


楓斗「違う。“出演”じゃない。

“生きて、演じて、俺の夢に付き合ってくれた人”

として」


 


夏海はびっくりした顔をしてすぐに俯いた。


でもその肩は少しだけ震えてた。

今度は嬉し涙の震えだと信じたい。


 


夏海「……それは

すごく、すごく嬉しいけど……

でも私がもし途中で──」


楓斗「最後まで言わないで??君の名前はそこにある。

“君と一緒に見た夢”がもう完成してるから」


 


──沈む夕日が彼女の瞳を照らしていた。


その光が涙で滲んでも

その瞬間は間違いなく

“ふたりが同じ未来を信じた”証だった。


 


夢の終わりを知ったからこそ、

いま、夢を生きていられる。


俺たちの物語は、

その“終わり”すらも焼きつけていくんだ。


 


──君とのエンドロールを夢見て。

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