EPISODE4 〝真実に近づく時〟
*登場人物
綾瀬楓斗・・・ 大学3年生 / 芸術学部・映像専攻
小野夏海・・・ 大学3年生 / 教育学部・保育専攻
楓斗side
俺は脚本を前に、ずっと手を止めていた。
撮影が始まって数日。
次のシーンの構成は決まっているのに、
言葉が画面に落ちてこない。
頭に浮かぶのは、
カメラ越しに見た彼女の表情。
ページをめくる、あの震える指先。
あの“揺らぎ”がどうしても消えなかった。
——言うべきなのか
見なかったふりをするべきなのか。
映画を撮ってるはずなのに
俺は今“彼女”の事ばかり考えていた。
そんな時、彼女からメッセージが届いた。
夏海「お疲れさまです!!
次の撮影の相談したくて。少し話せる??」
……送信:21:46
俺はスマホを見つめて、そっと息を吐いた。
楓斗「……うん、俺も話したいことがあったんだ」
夏海side(電話)
夏海「ごめんね??夜遅くに」
楓斗「ううん。大丈夫だよ」
夏海「貰った分の脚本、全部読んだよ。
…やっぱり凄いね、綾瀬くんは。」
そう言いながら私はスマホを握り締めた。
受話器の向こう側の彼は
少し笑ってこう返した。
楓斗「ありがとう笑
でもほんまに凄いのは小野さんだと思うよ??」
私は思わず黙ってしまった。
そんな風に誰かに言われたのは久しぶりだった。
いや…たぶん人生で初めてだったかもしれない。
夏海「……私ね
最近少しずつ夢を見るようになったの。
映像の中の自分が誰かの言葉で動いてるのを見ると
“あ、ちゃんと生きてるんだ”って思えるの」
本音だった。
でも“全部”を言うことはまだ怖かった。
電話越しの沈黙が、
優しくて、苦しかった。
楓斗side
彼女の言葉を思い返しながら
俺は夜道を歩いていた。
『ちゃんと生きてるんだ』って
言葉が頭から離れない。
夢って何なんだろう。
叶えるためのものなのか
残すためのものなのか
それとも…誰かと分かち合うためのものなのか──
でも少なくとも
俺は『誰かのための夢』に関わってることが、
こんなにも尊く感じたのは初めてだった。
そう思った瞬間
小さな決意が胸に芽生えた。
“彼女に何があっても
この作品の中で生きてもらいたい”
それが俺の真実だった。
撮影当日。
舞台は図書館の一角。
静かな空気の中で
彼女は台本を片手にカメラの向こうで演じていた。
──本を閉じて、小さくため息をつく。
──誰かを思い出すように遠くを見つめる。
このシーンは登場人物が
“夢を諦めようとする瞬間”
俺がこの物語で一番丁寧に描きたかった場面。
けれどその日。
楓斗「よーい……はい!」
カメラが回って、数秒──
彼女はセリフの途中でふと目を伏せた。
そのまま、静かにセリフを止める。
夏海「……ごめん。少し休ませて??」
そう小さくつぶやいた彼女の顔は
どこか泣きそうな
でも必死に堪えているようだった。
俺はカメラを止める手に少しだけ力が入った。
数分後、図書館の裏手の休憩スペース。
ベンチに座る彼女の隣に
少しだけ距離をあけて腰を下ろした。
楓斗「……言いたくなかったら言わなくていい。
けど今日の君は…ちょっとだけ違って見えた」
夏海「……そっか。そうだね。」
そう言って彼女は笑った。
でもその目には“笑ってない光”があった。
夏海「たぶん…
演技の中で自分と
重なりすぎちゃったのかもしれない」
楓斗「……それは君にとって苦しいこと?」
夏海「うん、ちょっとだけ。
でも、逃げたくないとも思ってる」
沈黙。
その隙間に遠くでチャイムが鳴った。
夕方の光が彼女の横顔を照らす。
夏海「綾瀬くんが撮る世界は優しいね」
楓斗「……そう思ってくれる?」
夏海「うん。
自分のこと嫌いにならずにいられる場所。
私…今までそんなふうに感じたことなかったから」
その言葉に胸の奥が少しだけ熱くなる。
俺はもう自分の感情に
気づかないふりなんてできなかった。
楓斗「……俺、ずっと迷ってた。
君のことを撮りたいって思ったのは
映画のためだけじゃなかったんやって」
彼女はゆっくりと俺を見た。
楓斗「君のことを“ちゃんと見たい”って
思ってしまった」
彼女は何も言わなかった。
でもその目はどこか驚いたように揺れていた。
夏海「……きっと後悔するよ??」
楓斗「……ごめん。でもこれが俺の今の気持ち」
彼女は目を伏せたまま、
小さく……けれど確かに微笑んだ。
夏海「ありがとう。今は……それだけで嬉しい」
そして──
図書館を出たあと、
彼女が小さな声で言った。
夏海「次のシーン……本気で演じてみるね。
たぶん今なら出来る気がするから」
その声はどこか震えていたけど
確かに“前に進もうとする強さ”を持っていた。
夕暮れの中
彼女の背中を見送りながら、
俺は改めて思った。
この物語の主演は
やっぱり彼女しかいない。
──これは、彼女が夢に近づくための物語