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EPISODE3 〝フィルムの向こう側〟

*登場人物

綾瀬楓斗・・・ 大学3年生 / 芸術学部・映像専攻

小野夏海・・・ 大学3年生 / 教育学部・保育専攻


"はじめてのワンカット"は

静かで…でも確かに何かが始まった記録だった。


撮影を終えてカメラを止めた後

俺は息を飲んでそっと夏海に言った。


楓斗「……今の。めっちゃ良かった。」


夏海「ほんと??笑 なんか変な汗かいちゃったけど笑」


楓斗「いやそれすらもリアルに見えたよ」


俺はカメラ越しに見た彼女の姿を…笑顔を。

一生忘れることは無いだろうなと思った。

でも同時にあの時感じた違和感…

あの指先の震えがどうしても頭から離れなかった。


教室を後にし二人で廊下を歩いていく。

最初は並んで歩いていたはずの彼女の足取りが

どんどん重たくなっていくのを感じる。


楓斗「大丈夫??今日無理させちゃった??」


夏海「ううん大丈夫だよ??

…ちょっと疲れちゃっただけ笑」


彼女は笑ってそういうけど

その "ちょっと" に

どれだけの意味が込められているのか

この時の俺はまだ知らなかった。


いや…違う。

この時から俺は気づかないふりをしながら

どこかで彼女の限界に怯えていたのかもしれない。


撮影が終わったその日は

構内のカフェで軽く打ち合わせをして解散した。


彼女は相変わらず穏やかに笑っていて

「じゃあね」と手を振る姿は

何の不安も感じさせなかった。


でも俺は家に帰ってカメラの

再生ボタンを押した瞬間、息を呑んだ。


モニター越しの彼女の表情は

静かで柔らかくて。

まるで映画のワンシーンのようだった。


でもその中にほんの一瞬だけ

ページをめくる指が止まる

そんな瞬間があったのに気がついた。


映像を止めて何度も繰り返し巻き戻した。


どうしてここまで気になるのか…理由は分からない。

だけど何か確かな違和感を覚えていた。


翌週、二度目の撮影。


構内中庭でのワンシーン。

この日は風が強くて音声がブレる度にテイクを重ねた


彼女は笑って『風も味方にしよう』なんて

言ってたけどテイクを重ねる度に

少しずつ顔色が悪くなっていくのが分かった。


楓斗「ちょっと休もうか??」


夏海「ううん大丈夫だよ??…あと一回で決めよう。」


俺の問いかけに

いつも通りの笑顔で返してくれた。


そう言ってくれた目は真っ直ぐだった。

でもその下にある "無理" を

見落とせるほど俺はもう鈍くなかった。


撮影を終えてベンチで休んでいた彼女が

ハンカチで汗を拭っていた。その手はまた

あの時のように少しだけ震えていた。


しかし俺は声をかけることが出来なかった。


『次の台本、来週までに仕上げとくね』

そう言うのがやっとだった。


夏海side


大学の構内をカメラがついてくる。

演技なんてした事もない私が

誰かの夢の為に演じているなんて不思議だった。


でも…


楓斗「本番行きます。」


そう声が掛かった瞬間

私はなぜかその人になりきれていた。


本を読むワンシーン

ただ笑うだけのシーン


たったそれだけなのに。

ほんの少しだけ、指先が言うことを聞かない。


" 今、笑えているのかな "

" 変に見えていないかな "


不安は毎日尽きなかったけど

カメラの向こう側にいる綾瀬くんの目が

私をまっすぐ見てくれていた。


それだけが救いだった。


病気のことはまだ言えない。

言ったらこの時間が終わってしまいそうな気がして。

せっかく貰えた "誰かの夢に関われる時間" を

ただの現実に戻してしまいそうで。


現実は冷たくて、味気なくて。

いつだって私の夢を笑ってきたから。


でも綾瀬くんは違った。

私の中の "まだ残ってる夢" をそっと見つけてくれた


だから怖くても演じたかった。

彼の為になりたかった。


例え本当の私は

最後までやり切れる自信なんてないとしても。


二回目の撮影の日。

風が強くて、何度も撮り直しになった。


笑顔のまま頷いていたけど

正直、体は限界に近かった。


でもカメラの向こうで私を見守ってくれている

彼と目が合った時、思わず答えていた。


夏海「ううん大丈夫だよ??…あと一回で決めよう。」


無理をしてるのは、わかってる。

綾瀬くんにも、きっともうバレてる。


それでも、止まれなかった。


“誰かの夢の中で生きられるなら、

それは私の夢にもなる気がした”


そんな気持ちが少しずつ、私を動かしていた。


その日の夜

家に帰ってベッドに横になったまま

私は窓の外の星をぼんやりと見つめた。


「明日も頑張ろう」って自分に言い聞かせるのが

最近の習慣になりつつある。


きっと、そんなに長くは続けられない。

でももう少しだけ ──

私は “夢の中にいる自分” で居たいと願った。

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