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EPISODE2 〝はじめてのワンカット〟

*登場人物

綾瀬楓斗・・・ 大学3年生 / 芸術学部・映像専攻

小野夏海・・・ 大学3年生 / 教育学部・保育専攻


少しの間、彼女は黙ったまま俺を見つめていた。

その視線の奥には迷いと

それを覆い隠すような静けさがあった。


楓斗「映画ってさ夢の残し方だと思ってて。

自分が思い描いた夢を

自由に残せる場所だと思ってるんだ。

それが誰かに届いて少しでも心を動かせて

それでようやく完成だと思ってる。」


夏海「…それって私が夢を持ってるって

思ってるってこと??」


楓斗「うん、思ってる。…勝手にだけど。」


彼女はふっと目を伏せて、肩をすくめた。

でもその口元には

ほんの少しだけ笑みが浮かんでいた。


夏海「変な人だね、君。笑」


楓斗「よく言われる笑」


これが僕たちにとっての大事な一ページだった。


夏海「…じゃあ、一回だけ話聞かせて??

どういう映画なのか、それで決める。」


そう言った彼女の目は

さっきよりもずっと光が差しているように見えた。



夏海side


その日私は数ヶ月ぶりに大学の空気を吸った。

季節はもうすぐ秋に差しかかろうとしていて

周りは紅葉の色も目立ち始めていた。

秋の気配が漂い始めている風は少しだけ冷たくて

それを一気に吸い込むと肺の奥まで染みた。


きっと体が弱っているだけではない。

久しぶりの人混みに、私は少しだけ怯えていた。


本屋に立ち寄ったのもただの逃げ道だった。

"学生らしい事をしている自分" を

誰かに見られるのが怖かった。なのに……


楓斗「小野…さん??」


振り返った瞬間、時間が止まったような気がした。

でも彼の名前を聞いて少しだけほっとした。


夏海「…綾瀬くん??」


2年の頃、一度だけ話したことがある。

大人しくて…でも芯の強そうなそんな人だった。


大学で見かけなくなったことを聞かれたけど

私は当たり障りのない言葉で全てを隠した。

そんな私に対して彼はそれ以上聞いてこなかった。

それだけで少し救われた気がした。


楓斗「…映画撮っててさ。卒業制作。

それで今キャスト探してるんだけど……」


自分が "撮られる" なんて考えた事も無かった。

病気になってからは特に自分の顔も声も。

誰かの記憶に残されることが怖くて嫌だった。


楓斗「…良かったら主演、頼めないかなって」


え…なんで私??

驚きよりも戸惑いが先に来た。


夏海「私…演技とか出来ないよ??」


心からの本音だった。

でも彼は笑って言ってくれた。


楓斗「知ってる笑

けど演技の上手さとかじゃなくてさ…

"本当に夢を語れる人" の方が俺は撮りたいんだ」


その言葉が

ずっと閉じ込めていた何かを柔らかく解いてくれた。


" 夢を語れる人 " そんな風に

まだ自分を見てもいいのかな??

そう思った瞬間、少しだけ泣きたくなった。


楓斗side


ある日の夕暮れのカフェ。

脚本を読み終えた小野さんがゆっくりと顔を上げる。


夏海「…このラスト好き。」


楓斗「…ほんと??」


夏海「うん。なんか…誰かの人生をちゃんと見て

書いたんだなって伝わってくる。」


自分でもほっとしているのが分かった。

でもまだ気がかりなことが残っていて。


楓斗「…それでさ。どう??……出てくれるかな??」


少しの沈黙。

彼女はカップを持ち上げて

口元に近づけるも飲まずに戻した。


夏海「…私ね??体が少しだけ弱くて。

だから全部撮り終えられるか自信ない。

迷惑掛けるかもって思うと一歩踏み出せなくて…

今までも色々なこと諦めてきたから」


俺はハッと息を呑んだ。

でも次の言葉を出すのに時間はかからなかった。


楓斗「…それでも小野さんが良ければだけど

俺は出て欲しいって思った。

正直…どうしてこんなにも小野さんにこだわるのか

自分ではわからない。でも君の事をちゃんと映像で

残したいって思ったから。」


夏海「…やってみようかな。

途中で逃げるかもしれないし

最後まで撮れないかもしれない。

上手くできないかもしれないけど…それでも君が

私を選んでくれた期待に応えたいなって思ったし

誰かの夢に関わることが出来るのは良いなって…」


楓斗「ありがとう。」


俺は深く頭を下げた。

そんな俺の姿を見て彼女は笑っていた。


夏海「…こんなにちゃんと

お礼言われるの…なんだか久しぶりだな笑」



数日後、早速撮影が始まった。

最初のシーンは窓際で本を読むワンシーン。


楓斗「緊張してる??」


夏海「…ちょっと笑」


カメラのピントを合わせながら

彼女の笑顔を見て少しだけ胸の奥がチクリとした。

その笑顔に少しの無理が混ざっていたからだ。


楓斗「…自然体で大丈夫だよ?? 本番いきますー。」


夏海「はい」


楓斗「よーい…はいっ。」


カメラが回り、外の風がカーテンを揺らす。

本をめくる指先が、少しだけ震えて見えた。


これが彼女と俺の "はじめてのワンカット"

ふたりが同じ夢を信じた最初の記録だった。

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