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遅すぎるシリーズ

遅すぎることはない恋

作者: すみのもふ

「お姉さん」


 ショッピング中に声をかけられて振り返る。髪質改善されたサラサラヘアがふわりと舞う。


 私の目に映ったのはピアスをジャラジャラつけた金髪の年下らしき男性だった。


「綺麗だね。名前なんて言うの?」


 ナンパか、と思って小さくため息をついた。いちいち相手をするのが面倒なんだよな。


 かと言って雑な扱いもしたくないからなんと返答しようかと迷っていると、「ジュン」と遠くの方で声がして咄嗟にそちらを注視した。


 だけど、私の想像した純ではなかった。それはそうだ。純とは高校きりだし、ここは地元ではない。


 純がいるわけない。分かっているのに、しばらく心拍数が落ち着いてくれなかった。


「お姉さーん? 聞いてる?」

「すみません、急いでるので」


 なにかから逃げるようにこの場を立ち去った。頭の中でわきあがってくる記憶たちは力尽くで蓋をした。




 幼馴染の純を失ってから数年。私は大人になった。


 数年経っていれば傷が癒えているだろうと思うだろうが、そんなことはない。純を想って胸が痛んだり枕を濡らす時もあるし毎年送ってた年賀状や記念日に撮っていた写真も捨てられずにいる。


 世の中には失恋してすぐ他の人を好きになれる人がいる中、私はどこかおかしいのだろうかと自分を疑ってしまう。


 今でも純のことが忘れられない。こびりついて、離れてくれない。


 だから、新しい恋なんて無理だと思ってた。


 そんな時だった。


「安西さん」

「矢尾さん、いらっしゃいませ」

「告白の件、考えてくれましたか?」


 店内に入ってくるなり一直線に私に向かってきたお客さんの矢尾さんは口早にそう言った。


 一部のスタッフとお客さんの視線が集まる。矢尾さんの行動にも周りの反応にも焦った私は言葉が出なかった。


「すみません……安西さんを他の誰かに奪われたくなくて。あ、奪われたくないというのは僕のモノというわけではなく……できるなら、早く僕の彼女になってほしいですが」


 フチなしメガネをあげて目線を外す矢尾さん。その気持ちは痛いほど分かった。


 私も高校の時に純を私の彼氏にしたくて告白したことがあるから。「遅すぎる」、純にそう言われてしまったけど。



 正直、矢尾さんの気持ちは嬉しかった。矢尾さんは説明したら真剣に聞いてくれるし、私が勧めるものは信用して買ってくれる。いい人だと思っていた。


 まさか告白されるとは思っていなかったけど、いいなと思ってる人に告白されて嬉しくない人がいるのだろうか。


 でも、答えはと言われるとノーとしか言えない。私の心には今でも純が居座っているから。


「矢尾さん、申し訳ないですが返事は仕事が終わってからでもよろしいでしょうか?」

「ああ、そうですよね。ごめんなさい」

「いえ、こちらこそ申し訳ございません。二十一時には終わると思うんですけど」

「じゃあ、出直します。二十一時に」


 矢尾さんは年上で普段は余裕を感じられる人だけど、今は余裕がないみたい。「二十一時」を念押しされた気がする。


 矢尾さんが退店されると横平さんがにやにやしながら近づいてきた。


「なに〜? いつ告白されたのよ?」


 肘で私の横腹を突きながら言う。


「二日前。閉店作業を終えた後に」


 そこで肘攻撃はやみ、横平さんの顔が青ざめた。


「待ち伏せされたの!?」

「まぁ……そういえばそうなるかな」

「ちょっと大丈夫? ストーカーにならないよね!?」

「たぶん」

「たぶんって……。なんて告白されたの?」

「え、普通だよ。好きです、付き合ってくださいって」

「で、保留にしたの?」

「矢尾さんが返事はいつまでも待つからって」

「いつまでも待つからって言って、今日返事の催促に来たの? 気が短すぎない!?」

「んーそれは……」

「それはなによ?」

「気が短いんじゃなくて、失いたくないからじゃないかな」


 大切な人を失いたくない気持ちは痛いほど分かる。あの時、私は溢れて止まらない気持ちを胸に純の元へと向かったのだ。


 きっと、矢尾さんも同じ気持ちだったはず。




 純とのことは消したいくらい辛く悲しい思い出だ。ただ、その思いをしたおかげでそれに似た気持ちを理解できるようになった。悪いことばかりじゃない。


 あの時の私を知ってるから、断られる人の気持ちが分かり、傷つけないように優しく断ろうという気持ちになる。


 私は何度も伝える言葉を頭で繰り返して相手が傷つかないか確認した。



 閉店作業を終え、制服から私服に着替えてバックルームから出ると矢尾さんが待っていた。朝とは違う種類の小綺麗な格好をしていた。そして、腕の中には花束があった。


「安西さん」

「矢尾さん、お待たせしてしまい申し訳ございませんでした」


 頭をさげると、目の前に花束が差し出される。色とりどりの花が生き生きとしていた。


「僕の気持ちです。受け取ってください」


 これを受け取ったら付き合うということになってしまうのだろうか。でも受け取らないとせっかくの花束が……。


「告白の返事とは別です。安西さんはこの花々がよく似合う」

「……ありがとうございます」


 綺麗に包装された花束は輝いていて、軽いようで重かった。



 場所をバーに移した。落ち着く照明とジャズの音色でいい雰囲気だった。


 カウンターに腰をおろし、注文する。夜は更けていく。


「矢尾さん、あの……」

「お酒が来たらにしましょう」

「……はい」


 矢尾さんに遮られ、とどまる。沈黙が訪れる。間をジャズが埋めた。


 お酒が出されてグラスを合わせる。時間が流れるたびに気まずくなる気がして、私は口を開いた。


「矢尾さん、私……」

「そういえば、この前購入した掃除機よかったですよ。軽いのに性能もよくて買ってよかったです」

「……矢尾さん」

「ごめんなさい。答えを聞くのが怖いんです。断られる気がして。きっと、気のせいではないですよね」

「……」

「好きな人がいるんですか?」

「幼馴染を忘れられなくて。フラれたんですけどね」

「僕、気にしません。その気持ちのまま、僕の側にいてください」

「それはできません」

「なぜですか?」

「そんなことはできません。矢尾さんを利用するみたいじゃないですか」

「利用すればいいんですよ」

「私は……今でも純を想ってます」

「僕はそんな安西さんを想ってます」

「……」

「その一途な気持ちを大切にしてほしい」

「でも」

「僕はそのままの安西さんが好きなんです」


 今はそれでいいかもしれない。だけど、そのうち見捨てるに決まっている。純がそうだったように。


 純と想い合っていたはずだったのに違かった。だから、矢尾さんとも初めは上手くいったとしても私が純を想い続けていたら嫌になって捨てるに違いない。


 そんな想いはしたくない。二度と同じ想いは……。


「僕、初めてだったんです。こんなに人を好きになったことが。安西さんはよく商品を説明してくれる時にヒーローに例えてくれますよね。僕が買った掃除機も私のヒーローだって。掃除が苦手な私を助けてくれるヒーローだって。僕も安西さんのそんな存在になりたいんです。安西の笑顔の元になるヒーローになりたいんです」

「……」

「それがダメなら、一時的な避難場所でもいいです。ヒーローになれなくても安西が休む家とかヒーローの秘密基地でもいいです」

「……」

「僕は安西さんというヒロインに出会えたから」


 必死な矢尾さんになにも言えなかった。普段は私が説得してるのに今は矢尾さんに説得させられている。納得しかけている。矢尾さんに甘えてしまいそう。


「矢尾さんはどこにもいかないですか?」

「いかないです。ここにいます」


 私の右手を矢尾さんの左手が包む。大きくて温かい手だ。触れられて嫌ではなかった。


 むしろ、それが心地よかった。


「私には純という幼馴染がいたんです」

「はい」


 それから、矢尾さんに純のことを話した。こんなことがあったんだって。


 話し終えたら、笑えてた。私は純のことを少しずつ乗り越えられている。そう思った。






おわり

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