エッセンシャル・ワーク Part.2
項目のズレたチェックシート。
うわああああああああ!!!うわああああああああああ!!!
俺は頭を掻きむしり、叫び声を上げる代わりに自分の親指を噛みつける。
ここで大きな音でもたてようものなら、起きてきたメンバーにまた殴られるわ蹴られるわ……。
いや。問題はそこじゃない。
問題は、武力付与を始められてすらいないこの現状。
装備に強化が施されていない事が分かったら、殴る蹴るどころの話じゃない。
く、クラン追放だ……!
俺は、時計を見る。
時刻は、ちょうど5時ジャスト。
メンバーが起きるまで、あと1時間。
落ち着け。落ち着くんだ。
何も、最初からズレていたと決まったわけじゃない。途中からやり直せばいいのだ。
どこからだ?どこからズレている?
取り乱すな。
俺は、再び、チェックシートを埋め始める。
……
ペン先は紙の繊維に引っかかり、
付けすぎたインクが滲んでいく。
クソッ。
全然集中できない。
焦り。不安。
クランを追放されたら、俺はどうなる?
この不況で、路頭に迷った俺。
堅パンすら食べれずに、最期は、が……餓死……!?
余計な思考が俺の作業を邪魔する。
『なんて無駄な作業なんだ。』
ストレスに支配された俺の脳は、焦りと不安から意識を逸らすため、この”不遇な状況”そのものに注目し始めた。
どれだけ俺が丁寧にチェックを付けた所で、メンバーの管理が杜撰なら意味がない。
武具を紛失した時、疑われ、責められるのはいつだって俺だ。
にも関わらず、この意味の無い作業を強いられている理由。
『命を張らない卑怯者のエンチャンターは、せめて時間いっぱい、丁寧な仕事をすべきだ』
そう。全てはこのくだらない偏見のせいだ。
俺は、作業に無駄なワークフローを組み込まれ、装備に対する必要以上の責任を負わされている。
この作業さえ無ければ、2時間は早く起きれる。そうすれば、付与にもっと集中出来るのに……!
『合理的』とは何か、よく考えさせられる。
自らの命に関わる防具なのに。
装備に不具合が生じた時。
このワークフローで下がった付与の性能分で、助かるはずの命が助からなかった時。
彼らの言い分は、きっとこうだ。
『お前が一生懸命、仕事をしなかったから。』
これのどこが合理的なんだ?いや、間違いなく合理的なのだろう。
彼らにとって、非合理的な構造の問題を感情にすり替え、責任を一箇所に押しつける。
それこそが、合理的な決断なのだ。
虐げられる一部の弱者によって、全体が維持できる。
例えそれが、彼ら自身の命を削っているとしても。
その事実に気付かぬよう、欠陥に対して盲目的になるために、俺を虐げているのだ。
盲目か。
ああそうだ、目も悪くなった気がする。
こんな薄暗い手元で、毎日のようにチェックリストを埋めてたら、目だって悪くなる。
最近は、昼間でも目がぼやけている。
昼間の、霞んだミアの顔を思い出す。
……遠くからミアを見つめることすら、俺には叶わないというのか?
クソッ!
クソッ!
「クソッ!」
「おっと、邪魔したかい?」
!!
俺は驚いて、後ろを振り返る。
そこには、討伐隊サブチーフのもう一人、『ウェイリス』が、腕を組みこちらを見ていた。
声が、漏れていた。
聞かれたか……?
一体いつから、そこにいたんだ……?
俺の頬に、汗が伝い落ちる。
全く気配はしなかった。
迫害……されるのか……!?