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エンチャンター

シコシコシコシコ!


「ミア……ミア……」


その晩、俺は涙で枕を濡らし、

我慢汁でティッシュを濡らしていた。


シコシコシココ!

この狭い空間に、音は響かない。


エンチャンターに立場は無い。

一人前に部屋など持てるわけもない。

このゴミ臭い掃除用具置きが、今の俺に与えられた唯一の空間なのだ。


俺は目を閉じ、ミアのことを想う。

頭の中は、フローラルの甘い香りで満たされていく。

快楽は竿を伝うようにうごめき、脳は脊椎に一つの命令を下す。


射精せよ。


いきそう!いきそう!

ミア、中に出すからね、ミア!!!


ガチャ


ドッ


フローラルの香りは、一瞬にして鉄の匂いへ置き換わる。

予想外の衝撃に、俺の精子は金玉へと逆流していく。


「ジル、てめぇ、最近マトモにやってんのか!?」

「サ、サン……どうして俺の部屋に……」


サン。モンスター討伐隊のサブチーフ。

チーフ争いで最近、殺気づいてるとキャラバンの中でも噂されている。


「今日の討伐、危うく死にかけたんだよ!テメェの生半可な術式のせいだろうが!」

「でも俺は……みんなの分までちゃんと……!」

「うるせえ!死ね!雑魚が!」


ゴツッ、ゴツッ、ゴツッ


珍しい話ではない。

戦績の奮わないメンバー。彼の機嫌を損なわないために、差し出される標的。


クランの無意識によって生み出される、言語化されない沈黙のルール。

『命を懸けないエンチャンターは、卑怯者であり、非難されるべき存在である。 』

俺に対する迫害は、組織全体で見れば、むしろプラスであり、推奨されるべきなのだ。


差し出される弱者。

この構図は、何もクランに限った話ではない。

不安定な王国。ダンジョン攻略の激化。優遇される戦闘職。切り捨てられる底辺職。


上級ギルドに入れた俺。

だが、職にありつけなかった他のエンチャンターは、満足に食べれず飢えていくのが普通だ。

このクランを辞めること、それは即ち社会的な死を意味する。


全体の為に誰かが犠牲になるのは、ごく当然な話なのだ。


クラン内の精神衛生の為、そして俺は賃金の為。


これが、無能な俺が、このクランをクビにされない理由であり、俺がクランを辞めない理由だ。


共存関係と言っても良い。


「何とか言えやクソゴミ野郎!!」


ドッ


強烈な踵下ろしが、腹部にめり込む。

はは……


これも俺のためだ。


このままうずくまっていれば、俺は今日も飯を食べれる。


……


おかしい。


吸えない。


痛みを紛らわす為の深呼吸。

だが、息が入ってこない。


「ヒ、ヒューーッ、ヒューーッ、ヒュッ」


「なんだ!?」

食道が、詰まっている?

俺は、呼吸口を確保するため、指を喉に差し込む。


しかし、一向に酸素は得られない。

胃から込み上げる異物感は、胸の奥で留まる。


俺は悶え、体をよじらせる。


違う。


死ぬのは、流石に話が違う。


助けを求めようにも、声が出ない。


「チッ……!」

様子を察知したサンは、部屋を出る。


助けを呼びに行ってくれたのだろう。

陽キャラバンのヒーラーは特別優秀で、切断された腕をも再生した実績がある。


俺は、可能な限り、体を動かさないよう、回復体位で仲間の到着を待つ。



……





……





来ない。

足音一つ、聞こえない。


部屋は、ロビーから伸びる廊下の突き当たりに存在する。

走れば20秒、どんなに長くとも1分あれば、確実に誰かが来る位置である。


だがサンが部屋を出てから、既に1分半が経過している。


何故だ。


俺は、考えを張り巡らせる。


いくらエンチャンターとはいえ、殺しかけたとあっては、どうなる?

しかもサンは、今まさにチーフ争いの只中にいる。

問題を起こしたとなっては、彼に不利に働きかけるのではないだろうか。


シナリオの、書き換え。


『サブチーフが、エンチャンターを殺しかけた』ではなく、『何者かに殺害された』。


ただでさえ誰も興味を持たない、ゴミのような存在。

そんな俺の為に、誰かが犯人を探すだろうか?

わざわざメンバーの一人を差し出して、クランの評判を下げるような事を、誰かがするだろうか?


『全体の為に、弱者は切り捨てられる。』


クランの為、誰も犯人を追及しなかったとしたら?


『エンチャンターは、勝手に死にました。』

全体の為に、より有益なのは、そのシナリオ。


確信に近い仮説を導き出した、俺。


そうか。


俺は、皆の為に死ぬのか。


蔑まれ、ゴミのように扱われ、死ぬ。


それが俺本来の役目なら、ここで死ぬのが正しかった。ような気もする。


納得感はあるか?


それすらも、わからない。


遠のく意識。


暗転する視界。


切り捨てられるのは、弱者。

弱い、男。




死に際の脳裏に浮かんだのは、


ミアの無様なアヘ顔だった。




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