第三話
キンっと音を鳴らし、光弾が撃ち出される。
その先に居るのは年若い少女で、彼女はそれを認めた瞬間身を屈める。
しかし、光弾には追尾機能が付いているのか自動で弾道を変え、少女へと迫る。
眼前に迫るその光弾に少女は顔を顰めつつ、手で払う仕草をする。
同時に、少女の手には青い煌めきが現れ光弾を粉々に砕く。
そのまま地面を蹴り、身を低くしたまま少女は駆ける。
暗闇の中を、まるで猫科の猛獣の様に疾駆する。
「意地の悪い……っ」
舌打ちせんばかりの悪態をつきつつ、地面から湧き上がる黒い影に両手を振る。
斬と成る音は、二つ。
少女の両手には、青く煌めくサファイアの刃が二つ握られていた。
黒い影は青い刃により切断され、音も無く霧散する。
剣歯虎と呼ばれる動物の牙の様な形をしたナイフ、サーベルクローの形状をしている。
しかし、少女はその様な武器を身に着けて居た様子はなかった。
また、服装自体にも結構な大きさであるその武器を装備して置いた形跡はなく、いつの間にか手に握っていたとしか言い表せない現象を見せていた。
しかし、相手はその事に動じる気配も無く、次々と攻撃を繰り出して来る。
光弾は言うに及ばず、黒い影や薄い硝子の刃が少女めがけて襲いかかってくる。
しかし、彼女は傷一つ無い姿のままそれらの攻撃を避けるか、叩き落とすかをして駆ける。
敵は眼前にしかいないとでも言う様に、まっすぐ走る。
しかし、それを阻む様に地面が隆起し始め、足場を崩しにかかる。
少女は軽く地面を蹴り、跳躍する。
それを狙ったかの様に光弾が飛び、少女へと切迫する。
普通ならば慌てる筈のその攻撃を、軽くいなす様に手にしているナイフで弾く。
その衝撃で速度が鈍ると、今度は足元のコンクリートを突き破り土が槍のような先端を作って襲いかかってくる。
その先端横を踵で蹴り飛ばし、前に進む速度を増す。
しかしそれを阻む様に、間髪いれず下から生えてくる無数の土の槍が少女を阻む。
「っの!」
小さく毒づきながら、少女は今まさに殺そうと迫ってくるそれにナイフを振う。
その瞬間、サファイアの刃に青い光が宿り、勢いに乗じて残像を残しながら先端を切り落としていく。
土の槍の鋭い切っ先が平らになった時には、そこを足場にして少女は移動を始めていた。
一蹴り毎に速度は上がり、おおよそ人間が出せる速度の限界以上を出して駆け抜ける。
それを阻む光弾が無数に少女を襲うが、それら全てを手にしたサファイアのナイフで切り裂き、弾き、叩き落として少女は進む。
物陰から光弾を撃つモノへと切迫して、手にしている武器で攻撃を仕掛ける。
ナイフがモノを切り裂いた感触は、硬質だった。
それを感じた瞬間、志亜は直ぐに二度、三度と地面を蹴り離脱をする。
同時に、切り裂いたモノが視界に入る。
子供くらいの大きさのビクスドールが袈裟がけに切り裂かれ、ガラス玉の目を向けてくる。
虚ろな筈のその目は、何故か笑んでいる様に見える。
同時に、陶磁器の様な手を人形は向けてくる。
瞬間、人形は全身を発光させ、姿を崩し始める。
それを見た志亜は目を見開き、慌てて武器を握ったまま両手を前に突き出す。
「ちょっと!?」
思わず悲鳴染みた声を上げると、形を崩した人形は十数個の光弾となり襲いかかってくる。
今までの光弾よりも強い光を放ち、威力も上であろうことが見て取れるそれを避ける事もせず、志亜は両手の武器を軽く打ち合わせて音を慣らす。
それを合図としたように志亜の周囲に青い障壁が張られ、十数個と襲いかかってきた光弾を受け止める。
物凄い激突音が響き、閃光が辺りを包む。
音も無く、しかし物凄い光が熱を伴い爆発する。
そこかしこの地面が陥没し、土煙を巻き上げる。
光弾が撃ち込まれた場所は抉れ、地面から生えた槍は真っ赤になり硬い溶岩の様な姿になっている。
そして、爆発の中心地らしき場所はクレーターを作ってはいるが、青い煌めきが残っていた。
少女が張った青い障壁は傷一つ付かず、中にいた少女自身もまた無傷であった。
爆発が収まったのを見て取った少女は、障壁を指先で触れるだけでそれを解除し握った武器を振る。
その表情は不機嫌その物で、肩越しに後ろを見ながら口を開く。
「此処までしなくても良いんじゃない?」
やはり憮然とした声音のまま、少女はそう問いかける。
「甘い事を。この様な手を使ってくる者も居る、と言う勉強にもなろう?」
少女の問いかけに、ゆるりと答えるバリトン。
「私の人形など、まだ良い方であろう? お前の親しい人間を使う腐った者もいるのだからな」
そう言いながらゆっくりと歩み寄ってくる長身の影。
少女はその人影に向き直り、不機嫌な表情を浮かべつつ口を開く。
「修行だから、って言うのは解っているんだけど……何も態々彼女にしなくても良かったんじゃないの?」
非難しながら両手を振ると、少女の両手に握られていた武器が消える。
同時にゆっくりと周囲が明るくなり、この場の惨状と長身の人物の姿を露わにする。
黒いスーツを身に纏った、二十代半ば位の青年であった。
薄い金髪を伸ばし、青い目の整った顔立ちをした彼は手にしたステッキをくるりと回してにやりと笑う。
「アレ自身がお前と遊びたいと言ったのだ、叶えてやるのも親の務めであろう?」
にやりと笑いながら、流暢な日本語で答える。
「アレも退屈していたのは、お前も知っていただろう?」
そう言いながら彼は、少女の前に立ち見下ろす。
「それに、同情は無用だ。アレは次の体に移る予定だったからな」
笑んだ声音で言われた言葉に、少女は目を丸くする。
「ちょ! そ、それって心配し損!?」
少女の突っ込みに、青年は声を上げて笑う。
「当たり前だ、アレは私の作品の中でもかなり優秀だぞ。それを不肖の弟子の修業如きで潰してたまるか!」
青年の言葉に、少女は柳眉を逆立てて抗議する。
「不肖って酷い! 師匠の無茶振りに何時も頑張って応えてるじゃないか!」
少女の抗議に、青年は片眉を上げてその額にデコピンを喰らわす。
「いだっ!」
声を上げる少女にまた笑い、青年は言う。
「ならば、私が出す課題を全てこなして見せろ。お前が出来るのは生き残る為に取る行動以外は、何かを創る事のみだ。私が教えるモノを正確に理解し、操って見せろ」
笑んだ声音の奥に、真摯な響きを宿しながら青年は少女に語りかける。
「お前が少しでも長く生きる為に必要なモノを、一つでも良いから身につけろ」
少女は、青年の言葉が自分の身を心底から心配しているからこそなのは理解していた。
しかし、師匠と仰ぐ彼の教えは少女にとっては難しかった。
それでも、目の前の保護者として師匠として在る彼に頷く。
「もちろん! 絶対にモノにして、師匠から免許皆伝をもぎ取ってやる!」
少女の言葉に青年は笑みを深くして、今度は少女のおでこをぱちっと叩く。
「その意気だ、志亜。では早速だが、私の書斎から五代元素の本を読んでレポートを書け」
「ちょ!? 休憩は!?」
少女の抗議する様な声音に、青年はステッキを回しながら答える。
「無い」
「横暴だぁ!」
志亜と呼ばれた少女は怒鳴るが、青年は笑いながら背中を向けて歩き出す。
「ちょっと、師匠~!」
慌てて少女は駆け出し、青年の後を追うのであった。
これで、ほぼ更新停止になります。
続きが書けた時に、また更新したいと思います。