第二話
声も無く絶叫する志亜の姿に、ますます涙が溢れる。
この儀式は、親愛なる少女をバケモノへと変える儀式だ。
そうと理解かっていても、目の前で彼女を失う事などもう耐えられなかった。
死にたかった。
死にたかった、死にたかった。
狂おしい程に、死を望んでいた。
だと言うのに、自分を狙う者達は全て自分ではなく傍にいる弱者を狙い、いたぶり殺していくのだ。
何年、何十年、何百年と繰り返されたやり口に何度復讐を誓い、命を投げ出さずにバケモノを狩り殺してきた事か。
しかし、それももはや疲れ果てた。
彼女を殺した者達は既に狩り、目の前で死に体となってしまった少女に安息を与える事しか出来ない筈だった。
腹の殆どを抉り取られ、意識すらないと思っていた彼女が言葉を呟いた時に驚いた。
そして、言葉を交わして少女の強さに気が付いた時、遥か昔の記憶が揺り動かされた。
死ぬ事への恐怖を飲みこみ、泰然と受け入れてしまった少女の姿はかつて愛した妻と同じだった。
瞬間、今まで飲みこんでいた感情が爆発した。
死への渇望と、目の前の少女を生かしたいと言うエゴ。
この儀式が成功すれば、志亜と言う少女は自我を持ったままバケモノに成る。
しかし、失敗すれば自我も体も崩壊し、人を殺して食べる理性の無い化物へと変貌するだろう。
その事と自身の業を背負わせる事を考えれば、これはしてはならぬ事なのかもしれない。
だがしかし、もう孤独なまま生きるのは嫌だった。
繰り返す人の世の争い事。
繰り返す化物同士の闘争。
繰り返す、異能者達の欲望のぶつかり合い。
それを見続ける事も、苦痛でしかなかった。
狂ってしまえば良かったのか。
感情を無くせば良かったのか。
もうそんな事も分からない。
ただ分かる事は、目の前の少女を生かし自分を殺すと言う事だけだ。
自身の“核”から、いくつもの鉱石に似た鍼が抜けて行く。
そしてそれらは少女の“核”へと刺さり、色を変えて行く。
彼はそこで、驚愕の表情を浮かべる。
自身の力の源が大量に移っているのに、少女の顔に苦痛が無くなっているのだ。
それと同時に、少女の“器”がまだ余っている事に、少女の“核”に触れている彼は気がついた。
「なんと言う神の悪戯か! もっと、もっと早く君に出逢っていれば、僕は孤独を癒す事が出来ただろうに!」
泣きながら笑いだし、彼はじっと少女を見つめる。
「志亜ちゃん、君には申し訳ない事をしていると思う。君は僕の全てを受け入れて尚、他の力も受け入れられるだろう。僕が傍にいれば、君にその力の使い方を教える事も出来たけれど……」
そう言って泣き笑いの表情を浮かべながら、彼は視線を下に落とす。
彼女の“核”は万色の鉱石の様な様相を呈し、彼の“核”はボロボロになっていた。
儀式は成功し、彼の手にあった儀式用の魔法陣が薄れて行く。
そっと少女の胸に“核”を戻し、自身の“核”を自分の胸へと収める。
瞬間、強く咳こみ彼はその場に倒れる。
少女の体は見る見るうちに臓物を復元し、骨が作られ肉を再生させ皮膚を張る。
その横で、彼は急速にその生命を朽ちさせ始める。
彼はそれでもと、懐から携帯電話取り出し知り合いを呼び出す。
《何の用だ? 貴様から連絡を寄こすなぞ、珍しいじゃないか》
揶揄する様な言葉に小さく笑いながら、かろうじて必要な言葉を伝える。
掠れて小さな声だったからなのか、それとも話の内容になのか、相手は驚いた声を上げているがそれすらも聞こえなくなってくる。
「ああ……ごめんよサーシャ。僕は弱い人間だ。だから……全てを、幼い志亜ちゃんに背負わせたんだ。でも、それでも願うんだよ……志亜ちゃんが、生きて幸せになって欲しいって……これも、罪なのだろうけど……それ……で、も……」
喉が詰まり、息を吸う事すらもう出来ない。
それは終焉。
志亜と言う少女が辿りつく筈だったその場所へ、彼が代わりに辿りつく。
それこそが罪だと言う事を知っていて、自覚していても、自身の望みだけを考え実行した罰を志亜に与えられるとしても、欲していた物。
自分の醜いエゴの犠牲にされた志亜には憐憫を抱くと同時に、感謝を捧げる。
言葉に出来ない程の想いを込めて、声も無く言葉を紡ぐ。
もう見ると言う機能を果たさない目に、何故か志亜の微笑が見えた様な気がした。
普通の小説の様にサクサク書いて改行をしていたんですが、ちょっと見やすさと言う物が必要かなーと思って色々試してみました。
何か不備やアドバイスがありましたらご連絡の程、よろしくお願いいたします。