第一話
ちょっとグロイので、注意してください。
また、あまり明るいお話ではないのでお気をつけて。
ぼんやりと見上げた空は曇り、白い結晶をちらちらと落としている。
霞んだ視界を染めるその光景を他人事の様に眺めながら、浅い息を繰り返す。
口の中は錆ついた鉄の味で占められ、投げだした四肢にはもう力も入らない。
視界を埋め尽くす白、白、白。
思考すら麻痺した状態で、小さく呟く。
「如何してこんな事になったんだろう……?」
掠れた声は言葉を紡ぐと同時に、力なく咳こむ。
ひゅーひゅーと、喘息の様に息が喉から漏れる。
まともに息をする事すら難しく、言葉を紡げた事が奇跡の様だ。
しかし、それとてあと少しで終わるだろう。
最初は熱かったのに、今はもう寒さしか感じない体。
痛みもあった筈なのに、それすらも感じられない。
それは確実に、終焉へと歩んでいる。
ゆっくりと鎖されるべき視界に、一つの色が映る。
「ごめんね、志亜ちゃん」
色が一言、心底申し訳なさそうに告げる。
息一つ乱さず、無表情に似た面に一筋の涙を伝わせながら。
そんな彼に、何かを伝える事も望む事も今はできない。
意識はゆっくりと遠のき、確実に闇へと染まりつつあるからだ。
その先は、人として当たり前にある【死】であると悟っていた。
今の自分は、生きている方が不思議で仕方が無い程の怪我を負っている。
自覚しているからこそ、彼に何か言う事はできない。
ただ、残念なのは彼にお礼を言う事が出来なかった事だけだ。
それを思うと、眦が熱くなる。
自分はまだ泣く事が出来るのかと、ほんの少しの驚きと共に笑みを浮かべる。
それを見た彼は、何かを決意する様に口を開く。
「志亜ちゃんがこうなったのは、僕のせいだ。それでも、そんなふうに笑ってくれるのかい?」
彼はそう、苦しげに問いかけてくる。
それを見て、彼の言葉は真実なのだろうと理解した。
しかし、今自分が死にかけていても、自分の寂しさを埋めてくれたのは彼である事は確かだ。
それ故に、笑みはますます深くなる。
最後の灯を燃やしつくそうとする程の力を使って、彼を安心させる為に。
それを見た彼は目を見開き、次いで表情を歪める。
「なんで、そんなふうに笑うんだ! 僕が、僕が君を殺した様なものだろう!?」
吐き捨てる様に、慟哭する様に彼は叫ぶ。
「だから、だからお願いだ! 死ぬ事を受け入れないでくれ!」
そう言うなり、彼の右手が光を放ち始める。
万色に輝く美しい光が、彼の左胸に沈み込む。
それと同時に左手が輝き、不可思議な文様を手の前に描き始める。
「生きて欲しいんだ、君に。僕を庇って死んでしまった君のお父さんの分も。僕の目の前で引き裂かれ、死んでしまった君のお母さんの分も!」
泣きじゃくりながら彼は志亜の左胸、心臓にその左手を突き込む。
普通であれば死んでしまう様な攻撃の筈なのに、痛みも無くただ温かさを感じる。
メキリと骨が軋み、肉が抉られる音が聞こえるが、痛み等は感じない。
ただ、暖かさが増しただけだ。
ゆっくりと彼が手を引き抜くと、掌の上に赤く小さな塊が浮いていた。
とくり、とくりとゆっくりとリズムを刻む、赤い小さな塊。
それは、自身の命の源であると気がついた。
しかし、普通であればこれを抉られれば死んでしまうし、血が吹き出る筈だ。
その様な様子も無く、静かに脈動を刻んでいる。
「志亜ちゃん。これから、君に僕の命を譲る。僕は、十分すぎるほど長く生きた」
静かに、彼は自分の目を見ながら言葉を紡ぐ。
「しっかりと、僕の命全てを受け入れてくれ。そうしなければ、君は死んでしまう」
唇を震わせ、彼は青ざめながら自身の左胸を抉る右手を引き抜く。
そこには、本来赤い塊がある筈だ。
しかし、彼の掌の上に浮かぶ塊は、万色に輝く美しい鉱石の様だった。
「君に、要らぬ業を背負わせると判っていても……君に生きていて欲しいんだ。これは、僕のエゴなんだ。それでも……それでも、受け入れて欲しい」
印象的な翠の目を涙で潤ませながら、彼は懇願する。
何時もは泰然として、飄々としていた彼のそんな姿に、力を振り絞って頷く。
本来なら死んでいる筈だと言う自分がここまで意識を保ち、彼の話を聞いていると言う事は彼のその“力”で生かされているからだろう。
しかし、その延命も長くは続かないのだろうと、彼の必死な姿を見て気が付いていた。
傍にいて、寂しさを埋めてくれた彼。
親戚たちから、自分と両親の想いを護ってくれた彼。
恩人として信頼し、親愛を抱いていた彼。
その彼の、縋りつく様な懇願に否と言う事は出来なかった。
小さな頷きに、彼は両の目から涙を溢れさせながら、微笑む。
「ありがとう」
記憶にあるのは、その声だけだった。