第5話 絶望のフラグ
「グギャアアアアア!!!」
高く飛び跳ねた直也が振り下ろす渾身の一撃で、エリアボスであるマンティコアは真っ二つに両断。
断末魔を上げて肉塊へと化した。
直也の言うように、僕を除けば本来『A』ランクパーティである彼らが、20階層で苦戦するはずもなかった。
向かってくる魔物の属性とか弱点とかお構いなしに、とにかく最上位の魔法やスキルを叩き込む。何ともロマンに欠けたごり押し戦術だけど。
もしこれが対戦系ゲームのPvPなら、もれなくぶっぱ野郎という不名誉な称号を頂戴していたところだと思うのだが、僕の立場上、そんなことは口が裂けても言えるはずがない。
ちなみに20階層攻略までに掛かった時間は約5時間。
『C』ランクパーティの最速タイムを大幅に塗り替える新記録となった。
ボスを倒した部屋は再復活までの間は安全地帯になるので、僕らはここで少し休憩を取ることにした。
「みんな、お疲れ様。これで僕たちは20階層まで攻略した訳だけど、あの受付嬢の言った通り、この先に降りることはできない。誰かさんが冒険者ランクを上げない限りは、ね」
「あーあ、もったいねえなあ。まだまだ時間も体力も有り余ってるってえのによー。早く誰か抜けてくんねーかなぁ!」
「そんなこと言ったら奏太くんが可哀想だよ(笑)」
少し離れた位置から僕に聞こえるように話す3人。
彼らに嫌味を言われるのもこれが最後かもしれないと思うと、僕はなんだか寂しくなった。
昇降機の中で彩愛が言っていたことは間違いなく本気だ。彼女は決して冗談なんかは言わない。あのあと僕がどんな代案を示そうが「駄目」「嫌」「無理」の三拍子しか返ってこないので、もう半ば諦めている。
僕はまだいい。いずれこうなることは予想してたし、特に未練もない。直也に抜けろと言われれば、すぐにでも冒険者すら辞める心構えでいる。
けれど直也は嫌味は言うものの決定的な一言はいわない。
それが僕には不可解だった。だいぶ前からパーティランクの限界は見えていたはずなのに。
自分で言うのもなんだけど、直也が僕を惜しむ理由は一つもないし、かといって幼馴染みとして温情の心が残っているとも思えない。
だから、彼には僕を抜けさせたくてもそうできない、なにか別の事情があると踏んでいるのだが、それが僕には解らない。パーティランクの限界に目を瞑るほどの大きな理由が――
「奏太は何も考えなくていい」
思考の大海に網を投じていると、背後から僕の耳元へ囁かれた。一切の抑揚を削ぎ落とした声。
「そういう訳にはいかないよ。僕だけの問題じゃなくなったんだから」
僕は振り返ることなく応えた。
「私のことが気になる?」
「うん。色々と語弊がありそうな訊き方だけど」
「それが狙い」
一瞬、冗談かな、と思ったけれど、結果的にそうなった過去は一つもない。
だから、そこにあえて突っ込む気にはなれなかった。
「彩愛はこの先どうするの?」
「どうするとは?」
「僕は冒険者をやめるからいいけど、キミは違うでしょ?」
「奏太は冒険者をやめるの?」
「そのつもりだけど」
「なら私も冒険者をやめる」
彩愛は平然と、そして一瞬の躊躇もすることなく手拍子でそう言い切った。
これが冗談じゃないのだから僕としては困ってしまう。
直也のパーティを抜けるだけならまだいいと思っていた。けれど、冒険者をやめるとかになると話は全然変わってくる。
類稀な才能と実力を持つ彼女の一生を、僕個人の都合で台無しにしていいはずがないのだから。
僕は振り返って彩愛を正面に見据えた。
「…………」
漆黒のローブから覗かせるその端正な顔立ちは、やはりいつもと変わらない。けれど、心の奥には決して譲れない強い意志が宿っている、そんな気がする。
少なくとも無表情とか、無感情とか、そんな風には思いたくはなかった。
「この話の続きは地上に戻って、お互い落ち着いてからにしよう」
「私はいつも冷静。それに奏太も」
「解ってる。けれど、ここでいま話すべきことじゃないよね?」
「それは一理ある」
「だから彩愛も早まったことはしないで。じゃないと、僕は自分を一生許せなくなる」
「……ん。わかった」
初めて見せた、彩愛の逡巡。
その一瞬にどんな葛藤があったのか窺い知ることは出来ないけど、僕はずるい言い方をしてしまった。
実家が近所同士で自然と5人で集まることが多かったけれど、その輪のなかで一歩も二歩も引いた位置にいた彩愛。
幼馴染みとはいえ、ここまで互いに踏み込んだ話をすることは今まで一度もなかった。
「そろそろマンティコアが宝箱に変わる頃だ。僕たちも見に行こう?」
そういって僕は自分の手を差し出した。
彩愛が誰かと手を繋いでいるところなんて見たこともないけれど、不思議と拒否される気はしなかった。
「…………うん」
普段なら決して視線を逸らすことのない彩愛が、深く俯きながら僕の手を取った。
その黒いローブの裏側で彩愛がどんな表情をしているのかは解らない。けれど、慣れない言葉を尽くして歩み寄ってきた彼女に、今度は僕が応える番だろう。
僕は彼女についてまだまだ知らないことの方が多すぎる。
だから、地上に戻ったらたくさん話をしよう。
空白を埋める時間は、これからいくらでもあるはずなのだから――