第3話 問答無用
そして10時15分。僕らは20番の札が掲げられたゲート前に集った。
僕自身は余裕をもって30分前には着いていたけれど、ギリギリ最後にやってきたのはやはり芹香である。
「ただいま~。4階のアクセ売り場でちょっと時間食っちゃったけど、間に合ったからいいよね? あはは」
反省する様子もなくヘラヘラと笑う芹香を見て、僕は思わず頭を抱えたくなった。
出来の悪い妹を持つ兄はみんなこんな気持ちになるのか……。
高校に入ってから急に金髪に染めたり、制服は着崩してみたり。かなにぃかなにぃ、といって僕の後をついて回ってた昔の天真爛漫な面影は、残念ながら今のところみられない。
もし仮に1分でも30分を過ぎたら、昇降機は僕たちを待たずに出発してしまい、今日の予定が全部パーになるところだった。やはりここは幼馴染みとして注意しなければならないだろう。
「芹香、約束の時間は10時10分だよ。時間を守らないのは――」
「あーはいはい。お説教はもういいから」
「そうそう。てめえは弱えんだから俺らに説教する資格なんてねえんだよ」
「…………」
僕の話を遮って開き直る芹香に同調する剛司。最後にはネー! と、顔を見合わせて下卑た笑みを見せるこの二人に、僕は後の言葉が続かなかった。きっとこれは大きなお世話というやつで、何を言っても聞く耳を持たないだろう、と。
「芹香、奏太にいわれて納得できない気持ちは分かるけど、時間に遅れそうな時は連絡してほしい。わかったね?」
「う、うん……わかった。今度からそうする」
しかし直也に諭された芹香は、殊勝な態度で頷いた。
というか一言余計だし、直也に言われたら納得するのか。お兄ちゃんは悲しくて泣きそうだよ。
「奏太」
「……うん?」
気がつけばすぐ横に、腕を組んだ彩愛がいた。
「私はちゃんと時間前に来た」
「そうだね」
確かに彼女は僕とほぼ同時――つまり30分前には来ていた。
「私はちゃんと時間前に来た」
「??? いま聞いたばかりだし、知ってるけど」
「……………………」
そこで彩愛は黙ってしまった。目線は僕に合わせたままだけど、相変わらず無表情なので真意が読み取れない。
すらりとした長身に艶のある長い黒髪、そして秀麗な面差しを冷たく研ぎ澄ましたかのような切れ長の目でじっと見つめられると、たとえこっちが何も悪いことをしてなくても思わず謝ってしまいそう。というか、実際謝った方がいいのかな?
「えーと……ごめんなさい?」
「どうして奏太が謝る必要があるの?」
「な、なんとなく……」
「謝るべきは芹香」
「いや、それはそうなんだけど……」
「私は芹香と違って真面目」
「そ、ソウデスヨネ」
「ん。分かってくれたなら、いい」
抑揚のない声だけど、とりあえず僕の回答に一定の満足は得られたらしい。
芹香と比べるもなく彩愛は真面目だってことくらい分かってるのに、なんであえて強調してきたんだろう……。
回りくどい言い方は僕も嫌いだけど、彼女の場合は簡潔すぎる。
それに要点しか言わないから、結論は分かっても理由が見えてこない。だから僕としてはもう少し説明を求めたいところなんだけど……うーん。
『まもなく、10時30分発、20階層行きの昇降機がまいります。搭乗券をお持ちの方は――』
出口の見えない思考を断ち切ったのは、自動アナウンスの音声だった。
気がつけば10時20分。もうすぐ出発時刻だ。
空港の搭乗口みたいな感じのゲートに搭乗券のQRコードをかざすと扉が開き、昇降機のあるエリアまで進める仕組みになっている。
昔のファンタジー系アニメに造詣が深い僕としては、中世を思わせる武器や防具を装備しながら自動アナウンスを聞いたりバーコードリーダーなどの現代機器を見ると、物凄く違和感を感じてしまう。といっても、他の冒険者たちはそんなギャップなどお構いなしにスマホやタブレットを弄ったりしているので、やはり僕だけがオカシイのか。
そんなことを考えつつゲートを通ると、すぐに床がビニル材から土へと変わる。さらに歩くと、全体が石造りの巨大な扉が目の前に現れた。
この世界のダンジョンには必ずこの昇降機という階層を行き来する交通手段が用意されているのだ。これは現代の技術によって後から作られたものではなく、ダンジョンが発生したときからあったもので、冒険者の間ではアーティファクトと呼んでいる。
僕は同乗の冒険者たちと軽い挨拶を交わし一緒に乗り込むと、扉は大きな音を立てて閉まり、最大収容人数500人を誇る巨大な石の籠はすぐに降下を始める。
「みんな、今日は20階層のエリアボス討伐を目標にしているわけだけど、本来僕たち4人は『A』ランクパーティだ。『C』相当のボスに苦戦するはずはないから、今回も気楽にやって行こう」
パーティリーダーの直也は皆に向かってそう抱負を述べるのだが、いちいち僕を絡めて嫌味を言わないと生きていけない呪いでも掛けられてるのだろうか。さっきその件で謝ったばかりだというのに。
「まったくだぜ。本当なら30階層とか潜ってもっと稼げるはずなのに、足引っ張るヤツがいるせいで困っちまうなあ」
剛司がさらに乗っかる形で嫌味を言ってきた。
仕方ないから連れてきてあげてるような感を出してるけど、そもそも僕は無理して頼み込んでこのパーティに入ったわけじゃないし。普通は無報酬で荷物持ちなんて誰もやらないよ。
「奏太くん、今日はみんなの足引っ張っちゃダメだよ?」
そしてついに名指しにされる。芹香はさっきの意趣返しのつもりか。
正直、幼馴染みでなければ、こんなパーティとっくに捨て台詞の一つか二つ見繕って脱退してると思う。
「奏太、ちょっとこっちに来て」
「えっ」
突然彩愛に腕を引っ張られたと思ったら、そのまま籠の端っこの方まで連れていかれた。
「奏太、私はもう限界」
相変わらず彼女は主語が抜けている。
「限界って、なにが?」
「このパーティ」
「もっと詳しく言ってくれないと分かんないよ」
「ん。私は今日を最後にこのパーティを抜ける。奏太も抜ける」
「えぇっ!?」
「声が大きい」
「そりゃ驚くって……で、僕はともかくとして、なんで彩愛まで抜ける必要があるの?」
「嫌いだから」
「誰が?」
「あの三人」
「なんで?」
「奏太をイジメるから」
「…………」
この問答で分かったけど、やっぱり彩愛は優しい。……とても分かりづらいけれど。
でも、僕としては彼女を巻き込む気にはなれない。だって僕とは違って天職があって、未来もあるのだから。
「僕だけ抜けるってダメかな?」
「ダメ」
「なんで?」
「奏太がいない」
「うん。で?」
「そんなパーティは無価値」
「僕が抜けなければ彩愛も残る?」
「残る」
「じゃあ解決だね」
「してない」
「どうして?」
「問題を先送りにしただけ」
「……ちょっと考えさせて」
「いいけど結果は変わらない」
「なんで?」
「私が無理やりにでも辞めさせる」
「えぇっ!?」
「声が大きい」