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【短編】眼鏡文官と偽聖女

作者: 砂臥 環

※あらすじにもありますが、聖女要素はほぼ題名のみです。


「奥様! 旦那様が目覚めましたぞ!!」

「なんですって!?」


家令であるセバスチャンがリズミカルに階段を駆けおり、私の元へとやってきます。


真っ白な頭に『加齢の家令が華麗に!』などという甚だどうでもいい言葉が浮かんで消えたのは、おそらく普段使わない筋肉を使っているせいなのでしょう。


私も淑女だの貴族だのというのを一切忘れ、長いスカートをたくしあげて走っておりましたから。



私はミルドレッド・エックルズ。

夫であるウォーレス様とは、まだ結婚したて。新婚ほやほやもほやほやでございます。


なにしろ結婚式を終えて、まだ三日と経っておりませんので。


夫自慢になってしまいますが決して新婚夫婦の単なる惚気などではなく、旦那様であるウォーレス様は実に素晴らしい男性です。


理知的なお顔に理知的な眼鏡を掛けた彼は見た目だけでなく非常に優秀。伯爵家次男であり家は継ぎませんが、文官としてお城に通っていらっしゃる旦那様は、そう小さくはない邸宅(タウンハウス)の管理と由緒正しいエックルズ伯爵家の王都での社交も任されているのですよ!(ドヤぁ)


しかしそれが(あだ)となったのか、旦那様は某かに某かの呪いを受けてしまわれたご様子。


結婚式が終わってすぐ、突然高熱に魘されたウォーレス様。

普段から夫に目を掛けてくださった王太子殿下の計らいで王宮のお医者様にも見て頂いたのですが、原因は不明のまま。


ただその結果、妙な痣のようなモノができていることに気付いたのです。

彼の高熱が呪術によるものであることはわかりましたが、如何せん解呪方法がわかりません。


殿下曰く、『森の中に住む魔女ならどうにかなるかもしれない』とのこと。


私は一も二もなく、魔女の住む森へと向かい、懇願の末なんとか薬を手に入れたのです。






森は不思議な力があるそうで、魔女は好んだ人間しか入れないと言われています。


なので森に入るや否や


「♪魔女様魔女様~私の夫が大変なの~ ♪助けてお願い~ ♪そうでなければずっと歌い続けるわ~」


と大声で歌劇風に訴えました。


自慢ではありませんが私、声量を含め、歌には自信がございますの。


それは『ミルドレッドが歌うと、人々は倒れ、鳥は墜ちる』などと言われる程で、ついた二つ名が『地獄の歌姫』です。

私の歌声はなかなか定評があり、『擬音で表すなら「ボエー」だ』なんてお褒めの言葉も賜る程。


おモテになるウォーレス様との婚約時代も、このスキルで数多のピンチを切り抜けて参りましたわ!


魔女様もお気に召したらしく、一瞬で魔女様宅と思しき小さな家の前に着きました。

すかさずノックし、返事を待たずにスライディング土下座で入ります。


「♪お願いします~」

「わかったわ! だからソレ止めて!! 耳が壊れちゃうッ!!」


魔女様に呪術によって浮き出た痣を写した図案を見せるとすぐにわかったらしく、解呪薬を精製してくださるそうです。

ただし、今手元にあるものでは成分が足らないそう。


「ぶっちゃけ魔力が足らないのよね。 アンタから抽出するしかないわ」

「ええ?!」


確かに私には魔力があるようで、聖女として王宮内の神殿に招請されておりました。

ウォーレス様との出会いもそこです。


ですが私の魔力は微々たるもので、何人もの聖女の中でも下っ端。正直言うと、雑用係でした。

そんな私に、取ってどうこうできる程の魔力などあるのでしょうか?


「抽出されるのに否やはありませんが、私の魔力などで……」

「そうね。 だから(・・・)多分旦那はアンタへの恋心を無くすと思うわ」

「へぇッ?!」


魔女様からの衝撃発言。


私への恋心を無くすなんて大変です。

私、旦那様からの熱烈な告白の末、嫁いでおりますので。

しかもまだ新婚も新婚。ウォーレス様が倒れてしまわれたので初夜すら迎えておりません。


ですが背に腹はかえられません。

なにが『だから』なのかサッパリわかりませんが、殿下は魔女様の注意点として「魔女は頭が良過ぎて説明がわかりづらい上、質問を嫌う』と仰っておられました。

せっかく薬を作ってくださるというのに、ここで不興を買ったらどうにもなりませんし、聞いてわからないことも予想できます。


私はそれを了承し、薬を手に入れて戻りました。





疲労困憊で自宅である伯爵家タウンハウスに着くと、私は臥せっていたウォーレス様にそれを飲ませました。


そのままついているつもりでしたが、食事も睡眠もろくにとっていなかった私は『奥様も食べて休まねば持ちませんから』とセバスチャンに促され、ダイニングへ向かおうと一階に降りました。


──そして現在に至ります。


「ウォーレス様……」


上半身を起こしたウォーレス様が視界に入ったところで、感極まって涙が溢れます。

すぐに駆け寄ろうとしたものの、魔女様の言葉を思い出して足が竦んでしまいました。


「レッド……僕はどうして……ああ、倒れたんだったね? 結婚式を台無しにしてしまってすまない」


あらあら?


私はてっきり「(まか)り間違って結婚してしまったが絶望しかない」「お前を愛すことはない」「離縁する」「とっととこの屋敷から出て行けー」とかなんとか言われちゃうのかと思っておりましたが。


謝罪されましたよ?


「? どうしてそんな離れたところに? もしかして、なにか伝染る病気なのか?」


確かに三日近く高熱に魘されただけあり、やややつれてはいらっしゃるものの、表情もなにもかもいつも通りのウォーレス様です。

いつもと違うのは眼鏡を掛けてらっしゃらないぐらいのもので。


「いえその……私が近付いてもよろしいので?」

「なにを言っているんだ?」

「もしかして、眼鏡が本体なのですか?」

「……なにを言っているんだ?」


……普通ですわね?

いつものウォーレス様です。


その後すぐ、お休みになっている客間からこちらへご両親やお義兄様がいらっしゃり、場はわちゃわちゃ致しました。


「ああ! ウォーレス!!」

「ありがとうミルドレッドさん!!」


不思議に思いつつも、再び安堵した私は涙を流しておりました。


ウォーレス様のお命のためなら……とはいえ、やはり結婚早々に追い出されることへの不安も心の内にあったようです。





それから数日が経ちました。

大旦那様ご夫妻、お義兄様ご夫妻は領地へとお帰りになりましたが、呪いの犯人がわかっていないことや滅茶苦茶になった式の後始末で、新婚とは言えない空気が続いています。

初夜も流れたままで、それどころかイチャイチャしたりもしておりません。


ですが、婚約者時代と変わらずウォーレス様は私をなにかと気遣ってくれています。


ハッキリ言って、幸せです。


心配事は尽きませんが、心配してもなるようにしかならないと申します。優秀なウォーレス様が色々されていることですし、何も出来ない私がグズグズしたところで仕方ありませんしね!


なので私もあまり、魔女様のお言葉を気にしないことに致しました。





★★★


恋心を無くしたウォーレスだったが、元々『おもしれー女』スタートだったので、相も変わらず『おもしれー女』であったミルドレッドへの恋心を無くしても関係性にはあまり問題が出なかった模様。


この後、優秀なウォーレスの手によって呪いをかけた令嬢は探し出され、それなりに酷い目に遭うが、その頃のミルドレッドはそんなことスッカリ忘れていたのである。



めでたしめでたし。


※蛇足設定※

本当はセバスチャンは家令ではなく、元・伯爵家家令。ウォーレスへのタウンハウスの譲渡と同時に引退し、タウンハウスの執事になってます。


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― 新着の感想 ―
[良い点] 人生がクソ楽しそうな主人公で読んでいてめちゃ楽しかったです! ありがとうございました。、
[一言] ボエー(笑) 魔女は耐えられなかったんですね(笑) なんて、なんて素敵主人公 面白かったです!!
[良い点] ウォーレスがおもしれ―女好きイケメン眼鏡で本当に良かった! ハピエン万歳\(^o^)/ [気になる点] 魔女さんが善良な魔女で本当に良かった。 心からそう思いました。 [一言] 愉快な短編…
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