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【完結】少女は勇者の隣で"王子様"として生きる  作者: 望田望
第一章 序盤は語られることはない
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勇者 エイデン・ヒダカ・ヘンリット②

 次の機会は一週間後に訪れた。先週のことで少しは僕も学習した。一方的に話しかけてもダメだ。まずはエイデンの興味がありそうな分野を知ることから始めた方がいい。


 事前にリサーチしようと、彼を引き取った女に食の好みや好きな本などを聞いてみても、知らない、分からない。の役立たずぶり。しかも「それを調べるのが貴方の仕事でしょう」とまで言われてしまって、開いた口が塞がらなかった。一族の人間はこんな人たちばかりなのだろうか。だとしたら、父はかなりの低確率で出会えたまともな人種だったのだろう。


 味方をさせたいのなら、彼らもエイデンに対して優しくしないと意味がない気がするのに、どうしてこんな子供の僕に全部押し付けるのだろう。分からない。分からないけど、やるしかない。


 今回は僕のテリトリー。そう簡単には逃がさない。コンコンコンと扉をノックする音がする。


「どうぞ」

「ルメル様。エイデン・ヒダカ・ヘンリット様をお連れしました」

「ありがとう。お出迎えしなくてごめんね。一週間ぶりだね、エイデン! 今日はね、ここで君の好きなものを教えて欲しいな、と思って招待したんだ」


 両手を広げて部屋の中をアピールした。僕の部屋が二つは入りそうな広さに、所狭しと本棚が並んでいる。全て丁寧にジャンル分けしてあって、掃除が行き届いている。窓は扉とは反対側に二つ。その近くに読書用のチェアが三つ等間隔に並んでいる。


「エイデンは、本は好き? 僕は好き。他にすることがないときがあって、ボロボロになっても読んでた。――ここの本はね、父さんが時間をかけて揃えたものなんだ。この前は話をしたくなかったみたいだから、今日はここでゆっくり本を読もう?」


 あえて背中を向けて適当な本を開きながら話す。今回はすぐに怒鳴られたりはしなくて済んだようだ。反応の薄さが気になってチラッと背中を振り返る。


 エイデンは相変わらずむっすりとして腕を組んでいるけど、前ほどの怒りは感じなかった。前回は僕も意気込んで焦り過ぎた。まだ時間はいっぱいあるんだから、とにかくまずは友達になることを考えよう。


「僕は奥のチェアで読んでるから、君も好きな本があったら持っておいでよ。あそこは日当たりが良くて気持ちいいよ」


 暫く返事を待ってみる。うん、無視。そんなにすぐに仲良くなれるなんて思ってない。僕は苦笑して用意していた本を持つとチェアに向かった。


 選んだ本はドロップについて書かれている。君と仲良くなりたいですよって気持ちが少しでも伝わればいいし、純粋にドロップという存在に興味もあった。


【ドロップ】

 東の国からでもなく、この世界のどことも違う世界から突然やってくる子供たちのこと。全て人間族のみ、期間もバラバラで、どんなときも前触れもなく現れることから女神の落とし物(ドロップ)と呼ばれている。主に西の国に現れるが、まれに東の国に現れることもある。彼らはほとんどの記憶を失っているものの、その言動から平均して文明レベルが著しく高い可能性があると考えられている。また魔法や魔力の概念はなく、人間族以外は存在していないらしい。


 ドロップの知識によってもたらされた物の例を以下に挙げる。

 ・娯楽

 ・食文化

 ・映像機器

 ・運動

 ・時間の概念


 誰もが知っているドロップの説明の後は、実際のドロップたちの半生や発明品について書かれていた。記憶が無くなると言うのはどういう状態なんだろう、とぼんやり思う。途中まで読んだ辺りで伸びをする。隣の二つのチェアは空席のままだ。この部屋を出て行っていてもおかしくないけど、今回は夕方まで迎えが来ないように手配しているし、勝手に帰ることはしないだろうと思いたい。


 立ち上がって本棚の間を見ながら歩いて見ても、室内にエイデンの姿は見えなかった。あの流れで大人しく読書なんてするとは思ってなかったけど、一言もなく部屋を出るって結構根性がある気がする。


「エイデンはどこに行ったの?」


 扉の前で待機していた使用人に声をかける。どうでもいいことだけど、あの隅っこの部屋を出て以来、僕の担当だった使用人たちはこの屋敷からいなくなった。最初は僕に対する態度のせいかと思ったけど、そもそもシャリエたちのせいなのでそれはないよね、と気付いたのは少ししてからだ。多分、僕が女であることを知っているからさっさと辞めさせられたんだと思う。


「勇者様は無言で書斎を出られたまま、帰ってきておりません」

「そう。護衛は付いてるでしょ? 案内して」

「承知いたしました」


 使用人が魔力端末を使って護衛とやり取りする様子をぼんやりと眺める。どこへどれだけ、どんなに頑張っても、逃げることなどできやしない。だって世界中の種族が彼のことを知っているのだから。エイデンはまだそのことが分からないんだろう。


「三階廊下の隅、休憩用のソファーに腰かけて読書中とのことです」

「分かった」


 書斎を出ると後ろから使用人も付いてくる。彼の名前は知らない。だって名乗ってくれなかった。ただ「新しく配属になりました。宜しくお願い致します」と言われただけだ。無表情で無感動。機械みたいな獣人族の男だ。仕事は僕のお目付け役。どこへ行くにも付いてくる。あと二人、交代要員として獣人族の男がいるけど、その二人のこともよく分からない。どうせ逃げられないのに、念入りなことだと思う。


 ソファーではエイデンが静かに本を読んでいた。横には親切にもドリンクの乗ったワゴンがあって、僕にはないのになんてちょっと拗ねた気分にもなる。でも、仕方ない。だってエイデンは“勇者様”なんだから。


「ここ、気持ちいいよね。よく見つけたね」


 無言。


「隣いい? 何も言わないなら座るね?」


 エイデンの右隣、空いたスペースに腰を下ろそうとした途端、ドンッ! と背中を押された。普通の子供なら、倒れ込んで膝か掌を擦りむいていたかもしれない。座るために揃えていた足の片方に重心を乗せて軽く飛び上がると、二歩前にトンと着地した。


「なっ!」

「誰が座っていいなんて言ったよ」

 血管が切れそうになった。とだけ言っておく。

「僕の家のソファーなんだけど……」

「お前の家ので、お前のじゃないだろ」


 エイデンは本から顔を上げないまま、足をソファーに投げ出した。つまり、僕は背中を蹴られたのだ。まだ二回目だけどもう止めたい。血の契約じゃなかったら隙を見て逃げ出していたかもしれない。誰にも言えないのだし、心の中でくらい愚痴の一つくらい言わせて欲しい。


 この子、性格悪い!

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