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【完結】少女は勇者の隣で"王子様"として生きる  作者: 望田望
・ ダンスパーティー
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思い出と現実

「ヒダカはさ、自分の生い立ちを恨んだことはある?」


 いつだったかな。まだあの事件が起こってヒダカが落ち着いた辺り、天啓が降りる少し前。二人きりのお酒の席で勢いに任せて聞いたことがある。


 ヒダカは傾けていたグラスを下ろすと、僕を見て考えるような素振りを見せた。


「ある。何回もある。時期によってはずっと恨んでたこともあるな」

「まあ、そりゃあそうだよね」


「知ってるだろうけど、正直言い出したらキリが無いだろう? 両親のことは余り分からない上に、この国に来る前のことも曖昧。やっとグランパたちのところで落ち着いたと思ったら“勇者様”だ。その後も好き勝手に振り回されて、思った通りになんかいかない。本気でふざけんな! 何で俺ばっかり! って思っていたよ」


 僕は無言で頷いて続きを待つ。


「でも、変わらないんだよなあ。騒ごうが怒ろうが、待っているだけじゃ自分に都合の良い展開なんて中々こない」

「そうだね……」

「一発逆転を狙って、逃げたり無視したり色々したけど何も変わらない。やけくそになって他人に当たったりもしたしな?」


 意味ありげにこちらを見るので、初めて会ったときのことを思い出す。確かに、あの頃のヒダカは本当に性格が悪かった。ニマッと笑うと申し訳なさそうに苦笑される。


「きっと俺は可哀想って言われてもいい生い立ちだし、多分、今この世界で一番に面倒な立場だ。でもある日ふと気づいたんだ。努力すれば道を開くことができるんだって。それが許される環境にいるんだって。それだけでも相当恵まれているんだって。――色んな人に会えば会うほど、努力しても何一つ変えられない状況に追いやられている人はたくさんいるって知った。だから、今でも恨んでいるし納得はしてない。でも……なんだろうな。受け入れてやってる。そんな感じだな」


「そっか」

「それに」

「それに?」


「俺には努力する理由がある。目的がある。それを叶えるためなら、頑張れる。ルメル。俺は西の国を勝利に導く。それが役目なんだと思っている。でも、その後は俺の自由だ。俺は俺の欲しい物を全力で取りに行く。そのために今まで頑張ってきた」

「ぅん……」


 ヒダカの右手が僕の右腕を掴む。力強い瞳に気圧される。彼の覚悟が伝わるようで、唾を飲み込むこと以外にできなかった。


「でも、段々タイムリミットが近づいているみたいなんだ。そろそろ失敗できなくなってきている。だから……」

「ヒダカ?」


 タイムリミットってどういう意味? 言っている意味がよく分からない。そう言いたかったけど、どこを見ているのか分からない目に、有無を言わせない勢いを感じて名前だけ呼んで口を閉じた。


 僕の戸惑いに気付いたのだろう。あからさまにハッとした顔をした。


「ああ……、だから、そう。俺、頑張るから。ちゃんと付いてきてくれよな」

「それは、勿論……。僕は君の側近なんでしょ?」

「親友で幼馴染でもあるな。あとは好敵手とかか?」


 満足そうに言われる。


「そうやって聞くと盛りだくさんだね。一つくらい減らしてもいいくらい」

「何言ってるんだ。まだ足りないだろ」

「えぇ? これ以上何を入れるの。欲張りだね」


 一体他にどんな関係があるというのか。クスクスと笑っていると、思っていた以上に真剣な瞳がこちらを見た。


「あるだろ? 他にも」

「ひだか……?」


 頭に一言浮かんで、すぐに打ち消した。余りに可能性の低い希望だ。


 でも、もし血の契約さえなんとかなったなら……。


「俺は、絶対に手に入れるからな」


 ジッと見つめられて期待に胸が高鳴る。もし、もし。万が一。


 でも――。


 一番にエルゥの顔が浮かぶ。次にセナ。妹たちに、ヒダカに好意を寄せるたくさんの人たち。


 あり得るのかな。みんなじゃなくて、私が選ばれることが、あり得るの……?


 目で縋るように見上げたら、応えるように頷かれた。



 ***



 自室の手入れがされた照明の光で、艶のある黒いジャケットが光る。共布のパンツに白いシャツ。ウェストコートはフサロアスの刺繍が入った本家筋にだけ許されたシルバーアッシュ。タイは参列者共通の白。


 セナとは違って、十日前には仕立て上がっていた今夜開催されるダンスパーティーの装いだ。


 毎回着る服は似たり寄ったりだ。女性と違って男性の服装は型が決まっていて幅が狭い。唯一今までと違うのは、耳に付けている大きなシルバーの耳飾りくらいだろうか。


 これは成人した独身男性が付けることが習わしとなっている装飾品だ。


 つまらない風習としては、右耳は意中の人や決まった相手がいますと言う意味で、左耳がその逆という意味がある。ヒダカもずっと左耳に付けていた。僕が付けるのも当然左耳だ。


 耳の輪に被せるようにシルバーの飾りを付ける。透かしの入った銀細工が耳の外側を覆って耳たぶまで続く。涙型の紫色の鉱石は気に入って付けてもらったものだ。誰もこの意味に気付くことはないと思う。僕の中のヒダカのイメージの色。彼の髪は黒いし、瞳は青い。だから基本的に彼の色は青が多い。


 でも、たまに光に当たると彼の髪は微かに紫色に見えることがある。それに気づいてからは、ずっと僕の中の彼は紫色だ。


 抵抗のように長さを保っていたもみ上げ部分の髪も、今日は後ろに撫でつけているから耳が良く見える。軽く顎を鏡に付きだすと、小さく揺れる涙型の紫。


「ふふ」


 何だか笑えてきてしまって声が出た。思っていたよりも素直に笑顔になっていた。


 着替えを手伝っていた使用人がチラッとこちらを見てすぐに仕事に戻る。僕も横目で見てすぐに視線を戻した。


 出発前の最後の確認として姿見の前で全体を見る。


 背の低い細身の体。精々十六歳くらいの体だ。


 人間族は各種族の中でも小柄な方だから、僕くらいの成人男性が全くいないわけではないけどやっぱり数は少ない。ヒダカやヴェニーに比べればどうしても小柄で頼りなく映るだろう。


 もし本当に男であったなら、シルバーアッシュの髪色をしていなければ誰も相手なんてしてくれなかったに違いない。


 最後に正面を向いてみる。胸元のチーフ、白いカフス、磨かれた黒い靴。


 どれも僕に合わせて誂えたのだから、我ながらよく似合っている。


 それなのに、どうしても違和感が消えない。もう何度も見た姿なのに。


「ルメル様、お時間です」

「……分かった」


 使用人が時間通りに声をかける。余計なことは何一つ言わない。この家はまだ変わらない。


 部屋を出て廊下を歩くと、数人の使用人が頭を下げる。形ばかりの礼だけど、昔はこんなこともされなかった。僕が神試合から帰ってきたときには、兄によってもっと変わっていることを願うばかりだ。


 玄関前に用意してある魔導車に乗り込んで早々に家を出る。


 僕はこれでも立派な成人男性だから、パートナーを迎えに行かなければいけない。


 でもきっと、妹をパートナーに選んだヒダカが二人を迎えにくる姿を見たくなかっただけだった。

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