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【完結】少女は勇者の隣で"王子様"として生きる  作者: 望田望
第三章 ゲームは動き出す
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ヒダカと僕

 チリン、とお茶ができ上がった鈴の音がして顔を上げる。セナはまだ集中しているようだ。今日は午前中をここで過ごすことになるかな、とお茶をカップに入れながらウーバーを頼むことも視野に入れる。


『ウーバー』と言うのは、最近発見されたドロップの少女が言っていた言葉で、要するに料理を客の家まで届ける業務形態のことらしい。これが中々便利で、様々な人に好評を博している。まだまだ始まったばかりのサービスだけど、このままの勢いでいけば地方にも広がっていくだろう。


 お茶を二口飲んでまた端末で資料を読んでいると、庭の方から何やら歓声が上がった。複数の、主に女性の声だ。微かに「さすがです!」とか「エイデン様」とか甲高い声が届く。何だか嫌な予感がしてそっと窓に向かう。


 この部屋は防音なのに何で聞こえるのかと思えば、カーテンの奥の窓は全開だった。いくらエルゥ監修の防御魔道具があるとは言っても不用心過ぎる。後で文句を言わないと、とすでに眉間に皺が寄ってしまった。この後もっと嫌な気持ちになることが分かっていて、それでも窓の外を見ようとしている自分。


「窓、閉めないと」


 なんて誰も聞いていないのに口走っている自分も色々救えない。


 庭には複数の女性と男性がいて、その中心にヒダカがいた。ヒダカは対外用のそつがない笑みを浮かべて何やら受け答えをしている。彼が何かを答えるたびに周りからワッと声が上がる。


 何てことは無い。よく見る光景だ。彼はいつだって輪の中心にいる。それが当然で、必然。それが勇者。エイデン・ヒダカ・ヘンリットだ。


 人間族の男性では高い身長。神秘的な黒髪。吸い込まれそうな青い瞳。どちらかと言えば垂れ目なのに鋭い眼差し。形の良い鼻と唇。鍛えられた体と頭脳。養子となったために後ろ盾はフサロアス家。もう怖いものなしだ。


 彼への熱烈な視線はヒダカが子供ころから向けられていた。それでも相手は未成年。周囲も多少の気遣いを見せていた。遠慮がなくなったのはヒダカが成人した頃からだった。


 愛の告白は毎日の習慣となり、手紙に通信に人づてに直接に、とあらゆるバリエーションで行われた。縁談の申し込みは、正式なものだけでも既に百を超えたと言う噂もある。


 施設内だけでも移動すれば人が寄ってきて、いつの間にか人だかり。集団があれば、中心にはまずヒダカがいる。一人になる時間なんてまずあり得ない。


 幸い変身魔法もうまくなった彼は気まぐれにフラッと出歩いたりもするので、本来の役目以外の重圧に潰されるようなことが無さそうなのが救いだ。


 そして、そう言うときは必ず僕を誘ってくれるのは素直に嬉しい。数人の護衛を付けて、変身魔法をかけあって街中で遊び回るのが最近の僕らの息抜きだ。


 これだけ大人気のヒダカだけど、最後はエルゥと夫婦になるのだろうな、とぼんやり思っている。


 彼に求愛する人の中には冷静に状況を判断している人もいて、結婚相手の最有力候補はエルゥ。次に僕の二人の妹のどちらか。意表を突いてセナなのだそうだ。


 それ以外の人たちは、競争に参加すらできていないのが現状だ。それだけヒダカの警戒心は強いと有名だ。


 そう。彼の警戒心は強い。これは僕らだけでなく、ある程度彼のことを知っている誰もが感じることだ。にこやかで紳士的だけど、基本的に腹の内を見せない。


 なのに。


 窓の下のヒダカが、側にいた女性兵士にそっと笑いかける。まるで蕩けるような柔らかい表情で。


 その途端、また「キャー!」と歓声が上がる。今度は明確に喜びの気持ちが乗っかっていた。当然だ。僕は問いたい。「君はスター劇団員か何かなの?」と。


 勇者様を恋い慕う人たちは言う。余りにも思わせぶり。余りにも親切すぎる。人によっては「少しくらい不愛想だったり、冷たかったりした方が本人も楽に生きられるのではないか?」と心配までしているらしい。


「だから見たくないんだよね……」


 あの姿は見たくない。なんでなのか、よく分からない。もしくは分かりたくない。何だか胸が捩れてしまいそうな気がして、とても嫌な気持ちになるから。


 なのに、分かっていても、ヒダカを見ることを止められない。たまに彼の一挙手一投足から目が離せなくなることがある。今がそうだ。おどけた話をしているな、とか。真剣に受け答えしているな、とか。遠くから見ているだけなのに分かってしまう。


 早く、早く。早く窓を閉めて中に入らなきゃ。頭の隅が段々と強く警告し始めた。早く、早く。


 分かってる。分かってるけど……あとちょっと。そこまで言い訳をして、しまった! と思った。


 遅かった。ヒダカに見つかった。僕は慌てて可愛らしいと褒められる笑顔を顔に乗せる。人前で演じるのは得意中の得意だ。その顔のまま練習して身に着けた角度で手を振る。


 いきなり上に顔を上げた彼につられて周囲の人たちも顔を上げる。ほとんど全員が顔を上げるのを待って、さらに笑みを深くする。


 ヒダカには負けるけど、嬉しそうな声が上がった。


「ルメル様!」


 呼びかけられる声に微笑み返す。


「ルメル! バーガー!」


 突然ヒダカが声を張った。負けじと僕も声を張る。


「ヌードル!」

「ポテトとチキン!」


 一瞬、頭の中にバーガーとポテトとチキンが過る。うーん、負けた。


「了解!」


 昼食の内容決めだ。余りに何度もしたやり取りなので、主語を必要としなくなってしまった。


 集団からはキラキラとした眼差しを向けられた。これも慣れたものだ。ヒダカと唯一対等に話して、彼の意思を変えさせる可能性を持つ存在。親友のルメル・フサロアス。


 中性的な容姿と小柄な体格は少年と呼ぶには大人びていて、青年と呼ぶには心もとない。危うい存在感とスター劇団員も真っ青になるほど整った顔。常ににこやかで親切な対応。この国の重要人物の一人である若き首相の実弟であり、前首相の実子。我ながらこれ以上ないくらい色々な要素を持っている。


 ヒダカが全国民の愛する勇者様ならば、僕は全国民の憧れる王子様。だそうだ。そして『勇者様と王子様に愛される私や僕』と言ったおとぎ話が今の文学界の流行りなのだとか。


 適当なところで二度大きく手を振ると、今度こそ窓を閉める。窓枠の隣の壁に背中を預けて肩の力を抜いた。ヒダカは変わらない。僕の前では変わらない。でも、他の場所ではどんどん変わっていっている。そのことに中々対応できない自分がいる。


「何してるんだろ……」


 窓から差し込む光が段々と温かさを増してきた。先ほどと予定が変わってしまったので、お昼までにセナを家に帰して休ませないと。それから、外に行くなら変身魔法を使わなきゃだし、そのまま一緒に鍛錬するなら内容を変更する必要があるかもしれない。


 上目に見たセナはまだ机に向かっている。何時間集中しているのか分からないけど、いい加減そろそろ体力か魔力が切れる頃だろう。ティーマスターから新しいカップにお茶を注ぐと、机の端に置いて声をかけた。


「セナ? そろそろ終わりにするよ?」

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