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【完結】少女は勇者の隣で"王子様"として生きる  作者: 望田望
第一章 序盤は語られることはない
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血の契約②

私に断る選択肢などあるはずもなく、恐々と付いて行く。記憶にあるのとは全く違う家具で整えられたリビングに通され、座るように促される。まるで私がお客かのようだ。


「メルシル。今まで放っておいて悪かった」

「これからはここで一緒に暮らしましょう」


 ソファーにはすでに人が座っていた。義母だ。上品で美しく、少し怖い。二人は並んで頭を下げた。ザワザワと胸が騒ぐ。


「……一緒、に?」

「ええ。ねぇ、メルシル。そのために、私のお願いを聞いてもらえないかしら?」


 無言で見つめていると、僕に構わず綺麗に微笑んだ。


「大丈夫よ。変なことじゃないの。ちょっとだけ お呪いを受けて欲しいだけなの」


何を言い出すかと思えば、きっとろくな事じゃない。ただ精一杯義母を睨みつける。


「そんなに、警戒しないで。大丈夫。聞いてくれたら、あなたは完全に自由よ。フサロアスを出てからの生活の援助も惜しまないわ」


 怖い、信じられない。でも、外に出たい。グルグルと考えていると、義母は続けた。


「本当に簡単なことなのよ。ほんの少しの間だけ、あなたの体の成長を止めさせて欲しいだけなの」

「なんで……」

「それはこの後説明するわ。それから、これは“血の契約”よ」


 目を見開いた。“血の契約”とは、フサロアスの血族の間だけで可能な魔法契約のことだ。固有魔法の一種で、お互いが了承しているときにだけ結ぶことができる特別なもの。この契約を結んだ者は、必ずその内容を守らなければならない。もし破れば、大きな代償が待っている。


「今まで酷いことをしてごめんなさい。反省しているわ。ありがとう、頑張って生きてくれて。あなたが頑張ってくれたから、私たちは今日、こうしてお話ができているのよ」


 義母がそっと隣に座った。肩を抱き寄せられ、髪を手櫛で梳かれる。温かい体温。柔らかい。グラグラと何かが揺れた。


「お願いよ。メルシル」

「でも……」

「大丈夫よ、メルシル。あなたならできるわ。やってみましょう?」

「なにを……するんですか……?」

「まあ! 聞いてくれるのね! ありがとう、とても嬉しいわ!」


品よく両手を合わせて本当に嬉しそうに言う姿は可憐で、そのくらいなら、と思わせる。


「本当に簡単なの。勇者様を見守って欲しいだけよ」

「勇者様を?」

「ええ。詳しくは契約のときに見せるわ。いいかしら?」


 今になってみれば、成長を止めた意味も私を選んだ意味も理解できるのに、幼さと無知と寂しさが首を縦に振らせてしまった。


「決まりね。ありがとう、メルシル」



 パンパン、と女が手を叩く。使用人たちがトレーに儀式用の銀食器や羊皮紙、秤とナイフなどを乗せて運んでくる。女はサラサラと羊皮紙に契約内容を書いた。


【シャリエ】

 ・メルシルは体の成長を止めること

 ・メルシルは男性として過ごすこと

 ・メルシルは勇者と友人になり、有害な他者からの接触を防ぐこと

 

「さ、あなたの番よ。この内容に見合うと思うことを何でも書いて」

 女の名前はシャリエと言うそうだ。そんなどうでもいいことを考えた。契約の内容に意味を見いだせない。でも大したことではないように思えた。私は回らない頭で必死に考えてペンを走らせる。


【メルシル】

 ・兄を首相にすること

 ・兄と妹たちを傷つけず、好きにさせること

 ・メルシルを自由にすること


 文字なんて暫く書いていないから、ちょっとした事を書くだけでも筆が止まった。それでも乱れた字で、必死で自分の願いを書き上げる。


「分かったわ。じゃあ、メルシル。ここに血を」


 シャリエが指をナイフで切って秤の片方に二滴垂らすのを見て背中が震えた。ここから先は後戻りできない。怖気づきそうになる。


「大丈夫よ、メルシル。安心して」


 それを見越したようにシャリアがそっと背中を支えてきた。私は不覚にもその手に安心してしまった。


 恐る恐るナイフを親指に当てると、パックリと指が切れる。少し触れただけなのに、余りの切れ味と痛み、恐怖に「ヒッ」と喉から声が漏れる。シャリエがそっと親指を秤のもう一方の上に促した。ポタリ、ポタリと私の血が二滴落ちる。


「さあ、復唱して。この身体、精神、魂の全てをこの秤に乗せることを誓います」

「こ、このからだ、精神、魂の全てをこの秤に乗せることを誓います……」

「秤に問う。この契約は満たされるべきものか」


 ずっと黙って隣に立っていた義父の方が口を開いた。契約を記した羊皮紙を銀食器の上に置き、さらにその上に秤を置いた。すると不思議なことに、血が二滴ずつ乗っているだけの秤がユラユラと揺れ出した。


「不思議そうな顔をしているわね?」

「魔道具なの……?」

「一般的な秤よ。でも、何故か私たちの血は決まった手順を踏むと効力を発揮するの」


 シャリエが優しい声で疑問に答える。そのことが嬉しい。この二年、私の疑問に答えてくれる人なんてたまに会える兄以外にいなかった。

 しばらく見つめていると、秤が水平になった。


「とまった?」


 ボッ! 突然羊皮紙が燃えて灰になり、秤全体を炎が包んだ。呆気に取られて見ていると、炎の中からシャリエと私の二滴の血が浮き上がっていき、音を立てて蒸発した。


「熱っ!」


 それと同時に心臓が急激に痛みを伴うほどの熱さを訴えて、胸を押さえてうずくまった。目をつぶって耐えていると、痛みも熱もすぐに引いていく。


「はぁ、はぁ、はぁ……」

「これで契約完了よ。メルシル」


 同じように痛みを感じているはずなのに、平然としているシャリエがまた綺麗な笑みを浮かべた。



 こうして自由を許された私に紹介されたのが、今代の“勇者様”。エイデン・ヒダカ・ヘンリットだった。

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