第一話②
「それじゃあ、まずはオハヨウって言っておこうかな。」
「…おはよう、ユーゴ。」
ドタバタと筆記具探しから戻ってきたユーゴは、改めて居住いを正してそう言った。どうやら私が起き上がったことによって少なからず混乱していたようだ。よく見ると、先ほどとは違った洋服に身を包んでいる。着替えてきたのだろうか。
「目覚めてすぐで悪いのだけれど、アンジュはどこまで理解できている?」
「ええと、多分だけれど。最後に起きてから数年経っていて、それから、リュカ兄様はすでにここにはいない。間違っていない?」
「大丈夫。完璧だよ。」
ふわり、と笑った顔は、幼少期の面影を残している。自分の知っている彼を見つけることができたような気がしてほっとした。全てが全て、時間が飛んでしまっているのではないらしい。一呼吸おいて、さきほどから手にとっているティーカップを傾けた。そこでようやく冷め切った紅茶を私が飲んでいることに気がついたのだろう。慌てて彼が魔法を使う。
ふわふわとティーポットとカップが近づいてきた。浮遊術が使えるのなら、お茶の温度を戻す魔法を使えばいいのに。
「冷めたものを温めると、味変わっちゃうでしょ。」
「声に出ていたかしら。」
「顔を見ればわかるよ。温度をそのままにするような魔法も、結構高度なものだから僕には使えないしね。」
手元に落とされたカップをそっと傾けた。時間がずいぶんと空いてしまっているから、マナーが少し不安だったけれど、どうやら間違ってはいないらしい。先ほどから怪訝な顔ひとつせず彼は話を進めていく。まあ、もしかすると社交界に揉まれた結果、ポーカーフェイスが上手くなっただけかもしれないけれど。
「言っておくけど、僕は社交の場にそこまで出ていないからね。そういうのは全部兄さんがやってたんだ。」
「リュカ兄様が?」
「そう。君が目覚めた時にお金にも知識にも経験にも困らないようにって、いろいろ情報を集めていたんだ。これでも一応君と僕らは兄妹になるからね。」
「…ちょっと待って。なに、兄妹って。」